雨降りカラスと本と傘
求聞口授にさとりが本を書いている、という記述があったのでひとつ。
今回はまだ会ったことのない感じでさと空霖。
霖之助 お空
窓を叩く雨音に、ふと霖之助は作業の手を止め顔を上げた。
どうやらまた降ってきたらしい。先ほどまで小康状態だったのだが、いくら人間の何倍も生きているとはいえやはり梅雨の天気というのは読めないものだ。
しかしそれも当然だろう。
天の機嫌は神の気分。そう易々と計れるものではない。
「あーめあーめふーれふーれ」
そんなことを考えていると、窓際から陽気な歌声が聞こえてきた。
黒い髪に黒い翼。そしてそれを包むのは、対照的な白い服に白いマント。
お空と呼ばれるその少女は、楽しそうな表情で窓の外を眺めている。
「あ、かえる」
「梅雨だからね。最近はそこら中で鳴いてるよ」
「へー。あ、逃げちゃった」
椅子の上で膝立ちになり、窓ガラスに顔を押しつけんばかりの姿勢で、彼女はつぶやく。
……短いスカートでそんなポーズをされると、目のやり場に困るのだが。
言葉に出さずに目を逸らし、霖之助は作業を再開することにした。
「雨ってすごいねー」
「恵みの雨とも呼ばれるくらい、無くてはならないものだからね。
とはいっても、地下では雨は降らないか」
「うん。川とかは結構あるんだけど」
「川……ああ、地下水脈のことかい?」
「たぶんそう。それに温泉もあるし」
霖之助にお尻を向けたまま、お空はそう答えた。
普通だったら失礼な態度と取りそうなものだが、彼女がやるとあまり気にならないのはその天真爛漫な性格のためだろうか。
「あーめあーめふーれふーれ」
よほど気に入ったのか、お空は同じフレーズを口ずさむ。
もしくはその続きを知らないのかもしれない。
……なんとなく、その両方のような気がする。
「よく降るねー」
「そういう君は、よく飽きないね」
「うん、見てるのは好きー」
そこでようやく彼女は霖之助に向き直ると、にぱっと明るい笑みを浮かべた。
彼女が香霖堂に来たのはつい1時間ほど前のこと。
主のおつかいで香霖堂にやってきた彼女だったが、霖之助の作業が終わるのを待っているうちに雨が降り出した、というわけである。
雨音を聴き嬉しそうにぱたぱたと揺れる羽根が、しかしぴたりと動きを止めた。
「でも濡れるのはやだ。服が濡れるとべちゃってなるし、髪が濡れると重いんだもん」
「なるほど、カラスの行水ね」
霖之助は肩を竦め、苦笑を漏らす。
それは入浴時間の短さを表すものだが、そんな言葉が残るほどカラスは行水を行う綺麗好きということでもある。
確かに、お空の髪の長さで水を吸ったら結構な重さになりそうだ。
しかし、とそこで霖之助は首を傾げた。
「太陽の力を持つ君なら、濡れずにいることも可能なんじゃないかな?」
「そうなんだけどー」
まるで嫌なことを思い出したかのように、彼女はしゅんと小さくなった。
悪いことを聞いてしまったのかもしれないと思いつつ、お空の言葉を待つ。
「前に力を使いながら飛んでたら、巫女がすごい顔でやってきてすごく怒られたの。
異変かと思ったとか、こんな雨の中飛ばせるなとか」
「ああ……そういうことか」
「天狗の新聞にも載っちゃって、さとり様にも笑われたし」
「ふむ、心中お察しするよ」
想像し、思わず納得してしまった。
今日みたいな雨の中、炎が湯気を上げながら飛んでいけば誰もが何事かと思うだろう。
そして霊夢に依頼が行き、雨の中解決に向かった巫女が肩を落とすのだ。
……一連の流れが容易に想像できる。
そういえば、どこかで似たような話を聞いたと思ったら妹紅も同じようなことを言っていたような気がする。
炎使いというのはみんな考えることが一緒なのだろうか。
「よしできた」
「ほんと?」
「ああ。こんな感じでどうかな?」
話題を切り替えるように、霖之助は作業に区切りをつける。
その言葉に、お空は座っていた椅子から飛び降りてカウンターへと駆け寄ってきた。
今泣いた烏がもう笑う、と言わんばかりの表情変化だ。
まあ別に泣いていたわけではないが。
「わあきれい。ありがとう、おにーさん!」
「どういたしまして」
霖之助が作っていたのは根付……というよりは装飾用のストラップのようなものだ。
お空が拾ってきたきらきら光る宝石などに紐を通し、身につけられるようにしたアクセサリー。
最初は彼女が香霖堂にやってきた際お土産として作ってあげたのだが、すっかり気に入って今ではこれを目的に来ているような感じさえある。
「にゅふふ。やったやった、また増えた」
お空は早速胸の谷間からおつかい帳、要するにメモ帳を取り出し、ストラップを括り付けた。
その光景を眺めつつ、霖之助は感心半分のため息を漏らす。
「結構あるな。もうそんなになるんだね」
「うん。私の大事なコレクションだよ!」
誇らしげにおつかい帳を掲げるお空。
そこには十本以上のストラップがじゃらじゃらとつけられていた。
どれもきらきらと光っているあたり、鴉の妖怪らしく何となく微笑ましい。
「喜んでもらえれば制作者冥利に尽きるよ。とはいえそれ自体は君が拾ってきたものだがね。
じゃあついでといってはなんだけど、これを君の主に届けてくれるかい?」
「うん、まかせて!」
霖之助は用意していた手紙と本をカウンターの上に並べ、お空の鞄に入れていく。
地霊殿の主であるさとりと交流が始まったのはいつからだっただろうか。
地下から地上に遊びに来ていた地獄鴉に、地下の道具について尋ねたのがきっかけだったような気がする。
地下に帰ってから彼女は自分の主に相談したようで、それからお空はいろいろな道具を持ってきてくれた。
説明が不十分なのは仕方ないが、そこはそれ、使い方さえ教えてもらえば考察のしがいがあるというものだ。
……持ってきたというかさとりに持たされたと言った方が適切かもしれないが、それはともかく。
そんなある日、地上の本を貸してくれと彼女の手紙に書いてあった。
どうやら心を読む覚妖怪なだけに、お空の記憶から霖之助が本を読んでいる光景を読んだらしい。
対価は地下の本。どうやら読書好きな性格らしく、そこから手紙のやりとりが多く、そして長くなったような記憶がある。
「さとり様、おにーさんから借りた本の続きを楽しそうに待ってるの。それにおにーさんの手紙を見て、最近なんだか嬉しそう」
「そうかい? お役に立てて何よりだよ。とはいえ僕も地下の貴重な本を読ませてもらってるからおあいこかな」
地下から出てこようとしないため、霖之助がさとりに会ったことはない。
だが手紙の文面から、ある程度の人物像は予想している。
一言で言えば、繊細な人物のようだ。
いつか会ってみたいと思っているのだが……たぶんそれには、霖之助が地霊殿まで出向かなければならないだろう。
「お空、ひとつ尋ねたいんだけど」
「うにゅ?」
今回借りた本を眺めながら、霖之助はふと疑問を浮かべる、
「これらの本は装丁が最近のものだが、地下の妖怪が書いたのかい?
見たことのない著者ばかりにしては、紙もそんなに古くは見えないからね」
「うーん、私本読まないし……わかんないや」
「そうか、じゃあ著者にも会ったことがないのかな。特にこのシリーズは気に入ってるんだが」
「うん。さとり様に聞いてみる?」
「いいや、僕が聞いても教えてくれなかったんだよ。謎のままかな」
本の背表紙を眺めながら、肩を竦める霖之助。
心理描写が巧みなその本は、特に何度も読み返していた。
……さとりも指摘があったら細かく書いてほしいと手紙で言ってきたので、一冊の本で何日も語り合ったことがある。
「地下の技術については、また聞いてみることにするよ」
「うん、わかったー」
最初、地下の本と聞いててっきり地上から持ち出されたものがメインと思っていた。
地上の印刷技術は天狗と河童の持ち物だが、しかし地下に行った妖怪が同じものを持っていないとも限らない。
そうでなくても旧地獄だ。現地獄からの技術提供がある可能性も考えられるので、製本くらいはお手の物なのだろう。
「じゃあ注文の品と手紙はこの鞄に入れておいたから、後は頼んだよ」
「うん、さとり様にしっかり届けるね!」
「……中身を確認しなくていいのかい?」
「大丈夫! おにーさんを信じてるもん」
「そうか」
無垢な笑顔に信頼されては、裏切ることなどできそうもない。
霖之助としても地底の主の機嫌を損ねて本が貸してもらえなくなるのは損なので、裏切る気もないのだが。
「おにーさんとももっと一緒にいたいけど、さとり様に喜んでほしいから今日は帰るね」
「またおいで。君の主人によろしく。おつかいじゃない時にゆっくりしていくといい」
「うん!」
よほど主を大事に思っているのだろう。
お空は鞄を受け取ると、帰るために荷物をまとめだした。
「しかしそうは言っても、どうやって帰る気だい?」
「うにゅ?」
霖之助の言葉にお空は首を傾げ、それから思い出したように窓の外へと視線を送る。
「にゅー、濡れるのやだなあ」
その瞳には先ほどの輝きとはうって変わって、困ったような光が見て取れた。
もちろんお空が持っている鞄は霖之助が防水加工はもちろん防火加工まで施しているので、ちょっとやそっとで中の本がぬれることはない。
しかしお空本人はそうも行かないし、ましてやこの雨の中飛んで帰るなどなおさらである。
「地下の入り口まででいいなら、送っていってあげてもいいよ」
「ほんと?」
「ああ、ここからそう遠くない距離だし。入り口までいけば、後は地下だから飛んで帰れると思う」
怨霊騒ぎの時、そう遠くない位置に間欠泉が湧き出したことがある。
今ではすっかり収まっているが、そのとき開いた穴は地下まで通じているはずだった。
地下への大きな入口は妖怪の山に開いており、普段は彼女もそこしか使わないため場所を把握していないのだろう。
傘だけ渡してもたどり着けるか怪しいところだし、なにより地下に入ってしまえば傘が無用の長物となってしまう。
道具屋として、それはあまり選びたくない選択肢だった。
「じゃあお願いね、おにーさん」
「構わないよ。準備はいいかい?」
「うん。鞄だけだもの」
お空はすっかり準備万端らしい。霖之助も手早く出かける用意を済ませ、香霖堂の外に出ると扉に鍵をかける。
……そこでふと、彼は自分のミスに気がつき動きを止めた。
「……しまったな」
「どうしたの? おにーさん」
「いや、傘がね」
この梅雨の需要で、香霖堂の傘のストックが尽きていたのを忘れていた。
あるのは自分用の一本だけ。
しかし、送っていくといった手前今更お空だけ送り出すわけにも行かない。
「一本でも大丈夫だよ」
そんな彼の思考を先回りしてか、お空は霖之助の傘を手に取った。
それからぽんと広げると、天に向かって腕を伸ばす。
「えへへ、おっきいね」
「……歩きにくくないかい?」
「ううん、全然平気」
お空と二人、同じ傘で。
腕を組んで、ゆっくりと歩き出す。
傘に当たる雨は、なんだか優しい音色だった。
「ね、おにーさん」
「うん?」
「私ね、さとり様も雨も大好きだよ」
そう言って、彼女は霖之助と組んだ腕に力を入れる。
雨音に包まれた二人の空間は、歩くような速さでゆっくりと流れ。
「それから私ね、おにーさんのことも……大好きだよ」
少しだけ違う響きを含んだその言葉に。
霖之助は優しい笑みで答えるのだった。
今回はまだ会ったことのない感じでさと空霖。
霖之助 お空
窓を叩く雨音に、ふと霖之助は作業の手を止め顔を上げた。
どうやらまた降ってきたらしい。先ほどまで小康状態だったのだが、いくら人間の何倍も生きているとはいえやはり梅雨の天気というのは読めないものだ。
しかしそれも当然だろう。
天の機嫌は神の気分。そう易々と計れるものではない。
「あーめあーめふーれふーれ」
そんなことを考えていると、窓際から陽気な歌声が聞こえてきた。
黒い髪に黒い翼。そしてそれを包むのは、対照的な白い服に白いマント。
お空と呼ばれるその少女は、楽しそうな表情で窓の外を眺めている。
「あ、かえる」
「梅雨だからね。最近はそこら中で鳴いてるよ」
「へー。あ、逃げちゃった」
椅子の上で膝立ちになり、窓ガラスに顔を押しつけんばかりの姿勢で、彼女はつぶやく。
……短いスカートでそんなポーズをされると、目のやり場に困るのだが。
言葉に出さずに目を逸らし、霖之助は作業を再開することにした。
「雨ってすごいねー」
「恵みの雨とも呼ばれるくらい、無くてはならないものだからね。
とはいっても、地下では雨は降らないか」
「うん。川とかは結構あるんだけど」
「川……ああ、地下水脈のことかい?」
「たぶんそう。それに温泉もあるし」
霖之助にお尻を向けたまま、お空はそう答えた。
普通だったら失礼な態度と取りそうなものだが、彼女がやるとあまり気にならないのはその天真爛漫な性格のためだろうか。
「あーめあーめふーれふーれ」
よほど気に入ったのか、お空は同じフレーズを口ずさむ。
もしくはその続きを知らないのかもしれない。
……なんとなく、その両方のような気がする。
「よく降るねー」
「そういう君は、よく飽きないね」
「うん、見てるのは好きー」
そこでようやく彼女は霖之助に向き直ると、にぱっと明るい笑みを浮かべた。
彼女が香霖堂に来たのはつい1時間ほど前のこと。
主のおつかいで香霖堂にやってきた彼女だったが、霖之助の作業が終わるのを待っているうちに雨が降り出した、というわけである。
雨音を聴き嬉しそうにぱたぱたと揺れる羽根が、しかしぴたりと動きを止めた。
「でも濡れるのはやだ。服が濡れるとべちゃってなるし、髪が濡れると重いんだもん」
「なるほど、カラスの行水ね」
霖之助は肩を竦め、苦笑を漏らす。
それは入浴時間の短さを表すものだが、そんな言葉が残るほどカラスは行水を行う綺麗好きということでもある。
確かに、お空の髪の長さで水を吸ったら結構な重さになりそうだ。
しかし、とそこで霖之助は首を傾げた。
「太陽の力を持つ君なら、濡れずにいることも可能なんじゃないかな?」
「そうなんだけどー」
まるで嫌なことを思い出したかのように、彼女はしゅんと小さくなった。
悪いことを聞いてしまったのかもしれないと思いつつ、お空の言葉を待つ。
「前に力を使いながら飛んでたら、巫女がすごい顔でやってきてすごく怒られたの。
異変かと思ったとか、こんな雨の中飛ばせるなとか」
「ああ……そういうことか」
「天狗の新聞にも載っちゃって、さとり様にも笑われたし」
「ふむ、心中お察しするよ」
想像し、思わず納得してしまった。
今日みたいな雨の中、炎が湯気を上げながら飛んでいけば誰もが何事かと思うだろう。
そして霊夢に依頼が行き、雨の中解決に向かった巫女が肩を落とすのだ。
……一連の流れが容易に想像できる。
そういえば、どこかで似たような話を聞いたと思ったら妹紅も同じようなことを言っていたような気がする。
炎使いというのはみんな考えることが一緒なのだろうか。
「よしできた」
「ほんと?」
「ああ。こんな感じでどうかな?」
話題を切り替えるように、霖之助は作業に区切りをつける。
その言葉に、お空は座っていた椅子から飛び降りてカウンターへと駆け寄ってきた。
今泣いた烏がもう笑う、と言わんばかりの表情変化だ。
まあ別に泣いていたわけではないが。
「わあきれい。ありがとう、おにーさん!」
「どういたしまして」
霖之助が作っていたのは根付……というよりは装飾用のストラップのようなものだ。
お空が拾ってきたきらきら光る宝石などに紐を通し、身につけられるようにしたアクセサリー。
最初は彼女が香霖堂にやってきた際お土産として作ってあげたのだが、すっかり気に入って今ではこれを目的に来ているような感じさえある。
「にゅふふ。やったやった、また増えた」
お空は早速胸の谷間からおつかい帳、要するにメモ帳を取り出し、ストラップを括り付けた。
その光景を眺めつつ、霖之助は感心半分のため息を漏らす。
「結構あるな。もうそんなになるんだね」
「うん。私の大事なコレクションだよ!」
誇らしげにおつかい帳を掲げるお空。
そこには十本以上のストラップがじゃらじゃらとつけられていた。
どれもきらきらと光っているあたり、鴉の妖怪らしく何となく微笑ましい。
「喜んでもらえれば制作者冥利に尽きるよ。とはいえそれ自体は君が拾ってきたものだがね。
じゃあついでといってはなんだけど、これを君の主に届けてくれるかい?」
「うん、まかせて!」
霖之助は用意していた手紙と本をカウンターの上に並べ、お空の鞄に入れていく。
地霊殿の主であるさとりと交流が始まったのはいつからだっただろうか。
地下から地上に遊びに来ていた地獄鴉に、地下の道具について尋ねたのがきっかけだったような気がする。
地下に帰ってから彼女は自分の主に相談したようで、それからお空はいろいろな道具を持ってきてくれた。
説明が不十分なのは仕方ないが、そこはそれ、使い方さえ教えてもらえば考察のしがいがあるというものだ。
……持ってきたというかさとりに持たされたと言った方が適切かもしれないが、それはともかく。
そんなある日、地上の本を貸してくれと彼女の手紙に書いてあった。
どうやら心を読む覚妖怪なだけに、お空の記憶から霖之助が本を読んでいる光景を読んだらしい。
対価は地下の本。どうやら読書好きな性格らしく、そこから手紙のやりとりが多く、そして長くなったような記憶がある。
「さとり様、おにーさんから借りた本の続きを楽しそうに待ってるの。それにおにーさんの手紙を見て、最近なんだか嬉しそう」
「そうかい? お役に立てて何よりだよ。とはいえ僕も地下の貴重な本を読ませてもらってるからおあいこかな」
地下から出てこようとしないため、霖之助がさとりに会ったことはない。
だが手紙の文面から、ある程度の人物像は予想している。
一言で言えば、繊細な人物のようだ。
いつか会ってみたいと思っているのだが……たぶんそれには、霖之助が地霊殿まで出向かなければならないだろう。
「お空、ひとつ尋ねたいんだけど」
「うにゅ?」
今回借りた本を眺めながら、霖之助はふと疑問を浮かべる、
「これらの本は装丁が最近のものだが、地下の妖怪が書いたのかい?
見たことのない著者ばかりにしては、紙もそんなに古くは見えないからね」
「うーん、私本読まないし……わかんないや」
「そうか、じゃあ著者にも会ったことがないのかな。特にこのシリーズは気に入ってるんだが」
「うん。さとり様に聞いてみる?」
「いいや、僕が聞いても教えてくれなかったんだよ。謎のままかな」
本の背表紙を眺めながら、肩を竦める霖之助。
心理描写が巧みなその本は、特に何度も読み返していた。
……さとりも指摘があったら細かく書いてほしいと手紙で言ってきたので、一冊の本で何日も語り合ったことがある。
「地下の技術については、また聞いてみることにするよ」
「うん、わかったー」
最初、地下の本と聞いててっきり地上から持ち出されたものがメインと思っていた。
地上の印刷技術は天狗と河童の持ち物だが、しかし地下に行った妖怪が同じものを持っていないとも限らない。
そうでなくても旧地獄だ。現地獄からの技術提供がある可能性も考えられるので、製本くらいはお手の物なのだろう。
「じゃあ注文の品と手紙はこの鞄に入れておいたから、後は頼んだよ」
「うん、さとり様にしっかり届けるね!」
「……中身を確認しなくていいのかい?」
「大丈夫! おにーさんを信じてるもん」
「そうか」
無垢な笑顔に信頼されては、裏切ることなどできそうもない。
霖之助としても地底の主の機嫌を損ねて本が貸してもらえなくなるのは損なので、裏切る気もないのだが。
「おにーさんとももっと一緒にいたいけど、さとり様に喜んでほしいから今日は帰るね」
「またおいで。君の主人によろしく。おつかいじゃない時にゆっくりしていくといい」
「うん!」
よほど主を大事に思っているのだろう。
お空は鞄を受け取ると、帰るために荷物をまとめだした。
「しかしそうは言っても、どうやって帰る気だい?」
「うにゅ?」
霖之助の言葉にお空は首を傾げ、それから思い出したように窓の外へと視線を送る。
「にゅー、濡れるのやだなあ」
その瞳には先ほどの輝きとはうって変わって、困ったような光が見て取れた。
もちろんお空が持っている鞄は霖之助が防水加工はもちろん防火加工まで施しているので、ちょっとやそっとで中の本がぬれることはない。
しかしお空本人はそうも行かないし、ましてやこの雨の中飛んで帰るなどなおさらである。
「地下の入り口まででいいなら、送っていってあげてもいいよ」
「ほんと?」
「ああ、ここからそう遠くない距離だし。入り口までいけば、後は地下だから飛んで帰れると思う」
怨霊騒ぎの時、そう遠くない位置に間欠泉が湧き出したことがある。
今ではすっかり収まっているが、そのとき開いた穴は地下まで通じているはずだった。
地下への大きな入口は妖怪の山に開いており、普段は彼女もそこしか使わないため場所を把握していないのだろう。
傘だけ渡してもたどり着けるか怪しいところだし、なにより地下に入ってしまえば傘が無用の長物となってしまう。
道具屋として、それはあまり選びたくない選択肢だった。
「じゃあお願いね、おにーさん」
「構わないよ。準備はいいかい?」
「うん。鞄だけだもの」
お空はすっかり準備万端らしい。霖之助も手早く出かける用意を済ませ、香霖堂の外に出ると扉に鍵をかける。
……そこでふと、彼は自分のミスに気がつき動きを止めた。
「……しまったな」
「どうしたの? おにーさん」
「いや、傘がね」
この梅雨の需要で、香霖堂の傘のストックが尽きていたのを忘れていた。
あるのは自分用の一本だけ。
しかし、送っていくといった手前今更お空だけ送り出すわけにも行かない。
「一本でも大丈夫だよ」
そんな彼の思考を先回りしてか、お空は霖之助の傘を手に取った。
それからぽんと広げると、天に向かって腕を伸ばす。
「えへへ、おっきいね」
「……歩きにくくないかい?」
「ううん、全然平気」
お空と二人、同じ傘で。
腕を組んで、ゆっくりと歩き出す。
傘に当たる雨は、なんだか優しい音色だった。
「ね、おにーさん」
「うん?」
「私ね、さとり様も雨も大好きだよ」
そう言って、彼女は霖之助と組んだ腕に力を入れる。
雨音に包まれた二人の空間は、歩くような速さでゆっくりと流れ。
「それから私ね、おにーさんのことも……大好きだよ」
少しだけ違う響きを含んだその言葉に。
霖之助は優しい笑みで答えるのだった。
コメントの投稿
雨の話なのに、読むと心が晴れやかになりました!
裏表無いお空だからこその素直な気持ちが心地良いですね。
作ってもらったストラップを屈託のない笑顔で自慢すればいいんじゃないかな!
裏表無いお空だからこその素直な気持ちが心地良いですね。
作ってもらったストラップを屈託のない笑顔で自慢すればいいんじゃないかな!
No title
お空可愛いです/// 純粋無垢な娘っていいものですねwww
最終的には持って行った宝石とかで指輪を作ってもらうわけですね。分かります(笑)
しっかりさとりの好感度も上げている霖之助ですが、あんまり上げすぎると地霊殿
に向かった時にお空との仲の良さを見たさとりがヤンデレ化してしまいそうですな。
無論そんなさとりも好きなんですけど(笑)
・・・せっかくの告白なのに「も」が一つ多いよお空www
最終的には持って行った宝石とかで指輪を作ってもらうわけですね。分かります(笑)
しっかりさとりの好感度も上げている霖之助ですが、あんまり上げすぎると地霊殿
に向かった時にお空との仲の良さを見たさとりがヤンデレ化してしまいそうですな。
無論そんなさとりも好きなんですけど(笑)
・・・せっかくの告白なのに「も」が一つ多いよお空www
No title
いつも楽しく読ませていただいてます!
お空の真っ直ぐな気持ちは見ててこっちが照れてきますね//
だがそれがいい!
こういう女の子って同姓からみたら恋敵!でも憎めない・・・みたいな感じなんだろうなぁw
しかし直接会ってないのに女の子の好感度あげてしまう霖之助さんはさすがですw
いつか後ろから刺されますぞ・・
お空の真っ直ぐな気持ちは見ててこっちが照れてきますね//
だがそれがいい!
こういう女の子って同姓からみたら恋敵!でも憎めない・・・みたいな感じなんだろうなぁw
しかし直接会ってないのに女の子の好感度あげてしまう霖之助さんはさすがですw
いつか後ろから刺されますぞ・・
お空は無邪気でかわいいですなぁ、癒されますわ…
ん? 胸の谷間から、おつかい帳を取り出した!?
なんとハレンチな!けしからん……(´∀`)bグッ
ん? 胸の谷間から、おつかい帳を取り出した!?
なんとハレンチな!けしからん……(´∀`)bグッ
合い合い傘で腕組みとな
勿論お空のおっぱいがモロに霖之助に密着してるんですね、わかります
そして文辺りに見つかってばら蒔かれて修羅場、と
勿論お空のおっぱいがモロに霖之助に密着してるんですね、わかります
そして文辺りに見つかってばら蒔かれて修羅場、と
No title
著者名を知らないのも当然――な話ですねぇ
何と言うかこう、ニヨニヨしたくなる感じ?
何と言うかこう、ニヨニヨしたくなる感じ?
No title
空霖って本当にいいものですね!
お兄さんな霖之助キターwww
いやはや、いいですよね霖之助とお空見たいな関係って。お転婆でドジな妹分と優しい兄貴分・・・あれ、物陰から白黒の服と紅白な服が見えるような・・・
この関係が続いて、さとり様が香霖堂に来ると、いいですね?自分の目の前で自分の本を真っ正面から誉められ赤面するさとりさま・・・・・・やべ、またニヤニヤしてきたwww
いやはや、いいですよね霖之助とお空見たいな関係って。お転婆でドジな妹分と優しい兄貴分・・・あれ、物陰から白黒の服と紅白な服が見えるような・・・
この関係が続いて、さとり様が香霖堂に来ると、いいですね?自分の目の前で自分の本を真っ正面から誉められ赤面するさとりさま・・・・・・やべ、またニヤニヤしてきたwww
No title
さとり様が直接出向く頃には、手遅れになりそうなよい雰囲気ですね。
つまりバロットフラグですね、わかります。
つまりバロットフラグですね、わかります。
純粋無垢な空ちゃんは
カワユイなぁー
霖之助さんも
最初はお兄さん的に
接していたのだが
いつしか恋人として……
そんな未来を妄想しました
そして
さとり様は
早く地上に上がるべきです
そして修羅b(ry
カワユイなぁー
霖之助さんも
最初はお兄さん的に
接していたのだが
いつしか恋人として……
そんな未来を妄想しました
そして
さとり様は
早く地上に上がるべきです
そして修羅b(ry
No title
空霖と思いきやさと霖と思いきややっぱり空霖だった、何を言っているのか分から(ry
しかしこのままではどうなる!
さとりんが病んだり、霖之助さんが二人からの想いの板挟みにあって悩んだり、
三角関係に気付いたお空が
「わあ、さとり様もおにーさんのことが好きなんだ!私も、さとり様もおにーさんも大好きだからすっごく嬉しいよ!
私、ずっと三人で一緒にいたいな!」
と太陽のような笑顔で言って二人の毒気が抜かれてしまう!
……あれ、丸く収まった。太陽だけに。
しかしこのままではどうなる!
さとりんが病んだり、霖之助さんが二人からの想いの板挟みにあって悩んだり、
三角関係に気付いたお空が
「わあ、さとり様もおにーさんのことが好きなんだ!私も、さとり様もおにーさんも大好きだからすっごく嬉しいよ!
私、ずっと三人で一緒にいたいな!」
と太陽のような笑顔で言って二人の毒気が抜かれてしまう!
……あれ、丸く収まった。太陽だけに。
実はさとりが好きなのはお空という修羅場もありやもしれない。
No title
お空霖おいしいです^q^<ウマウマ
大好物ありがとうございました!
大好物ありがとうございました!