夏の音色に誘われて
アルバイト大妖精。
いわゆる前後編の前編だったり。
霖之助 大妖精
「じゃーねー。またあとでー」
「うん、またね……じゃなかった。ありがとうございます。またお越しくださいませ」
去っていくサニーミルク達に手を振りつつ、大妖精は思い出したように頭を下げた。
カランカランと音を立てるのは香霖堂の玄関に設えられたカウベルだ。
香霖堂店員としての大妖精の動きを眺めつつ、霖之助は満足そうに頷いた。
「なかなか板に付いてきたじゃないか」
「そ、そうですか? ありがとうございます。
でも、霖之助さんに教えてもらったおかげですよ」
「素直にそう思えるのも君の長所のひとつかな。
だが店番というのは教えたからすぐ出来るというものじゃないからね」
「そうなんですか?」
「ああ、昔霊夢や魔理沙に頼んだときはちょっとね……」
彼女の言葉に、霖之助は遠い目を浮かべる。
ちょっと出かけている間だけという条件で店番を頼んだことがあるが、ふたりとも見事に店員としての務めを投げ出してくれた。
まあ、その間に来たのがいつもの客以外の常連なので仕方ないとも言えるのだが。
それはともかく。
「それに引き替え、大妖精なら安心して店を任せられるね」
「ひゃう!? あのあの、私……表の掃除してきます!」
「さっきもしたばかりだろう? それより使ったカップの片付けを頼めるかな」
「わかりました、お任せください」
「すまないね」
「いえ、その、好きでやってますので……」
なにやら張り切って答える大妖精に、霖之助は肩を竦めてみせる。
頑張るのはいいがもう少し気楽にいいよ、と言葉を添えて。
大妖精はシルバーのトレイにサニーミルク達が使ったカップを載せ、台所へと足を向ける。
ぴょこぴょこと揺れるサイドポニーテールが可愛らしい。
――アルバイトをさせてください。
そう言って大妖精が店にやってきたのが、1週間前のことだ。
1週間後、つまり今日の夕方から命蓮寺で開催される夏祭りを楽しむための軍資金が欲しいという理由だった。
物々交換でもいいのだが、やはり貨幣があった方がやりとりがスムーズに行くらしい。
突然の申し出で戸惑った霖之助だったが、彼岸前に倉庫の整理をしたいと思い、承諾することにした。
梅雨の間に溜まった湿気を追い出すための掃除もする必要があったのでちょうどよかったと言える。
頼んだのは店番と簡単な掃除だ。
どうせこの時期、あまり客は来ないから問題ないだろう。
客以外の常連については説明すれば何とかなる。
そして物珍しさに、あるいは新しい遊び場として、ある程度妖精が集まるのは覚悟していたのだが……。
「少々予想外だったな」
目の前にあるのはサニーミルクが持ってきた太陽の石。
そして梅霖の妖精からもらった雨雲の杖だ。
本人達にとっては単に拾ったものを処分しに来たつもりだが、なかなかの逸品だ。
おそらく妖精達の目線じゃないと見つかりにくいものなのだろう。
まさに掘り出し物というやつだ。
「……あの、ひょっとして迷惑でしたか?」
「ん? どうしてそう思うんだい?」
「さっきの道具をじっと見て難しい顔してるので……ひょっとして、気に入らなかったのかなと思って」
声に振り向くと、大妖精が困ったような表情を浮かべていた。
いつの間にか戻ってきていたらしい。
仕事が早いことだ。
どうやら笑いを抑えていたせいで変な顔になっていたようだ。
霖之助は誤魔化すように咳払いをすると、改めて彼女に向き直る。
「いや、いろいろな道具を持ってきてもらってありがたいと思ってるところさ。
むしろ君たちには感謝しているよ」
「そうですか……よかったです」
ほっと胸を撫で下ろし、大妖精はカウンターの横へとやってきた。
ここ1週間の彼女の定位置。
すっかりこの光景も馴染んでしまった気がする。
「みんなお店ごっこが面白いらしくて……もし変なものばかりでしたら、その」
「まあ、変なものは確かにあるがね。僕が望んで買い取ってるんだから、君が気にすることはないよ」
現に対価は彼女たちの望み通りのものをあげたりしている。
つまり妖精の価値観で、だ。
……公平な目で見れば、不当に安いと言われるかもしれない。
だが彼女たちが満足しているのなら問題ないだろう。たぶん。
「そう言って貰えると……。あ、洗い物終わりましたよ、霖之助さん」
大妖精は安心したようにため息をつくと、思い出したように口を開いた。
「ありがとう。しばらく楽にしていていいよ」
「えっ、でも、掃除とかもしたいんですけど」
「そうかい?」
「え、ええ……」
彼女ははなにやら言いにくそうに店内を見回す。
それから恐る恐る、と言った様子で言葉を続けた。
「その、もっとお客さんが来るように……したいです」
「……そんなに心配なのかな」
「えっと、だって私がいる時来たのって、お友達以外では紅魔館のメイドさんだけですし」
確かに、彼女がいる間にまともに買い物に来たのは咲夜が一度きりだ。
いい機会だからと勘定まで大妖精に任せたため、また変なことを始めたのかと笑っていた。
「まあ、いつものことだからね」
こればかりは隠しても仕方がない。
いつかは幻想郷屈指の大商人になるという目標はあるのだが、今はその下積み段階というものだ。
急いては事をし損じる。
今焦っても意味がないのである。
「私のお給料とか、もし負担でしたら……」
「心配ないよ。というか、むしろ安すぎるくらいなんだがね」
慎重で心配性なのは、彼女の長所であり短所だと思う。
むしろそれくらいの報酬すら払えないと思われることの方が道具屋として致命的ではないだろうかと、霖之助は思わず戦慄した。
「大妖精、疲れただろう? 少し休むといい」
「で、でも……」
「休むのも仕事のうち、だよ」
「ふぁい」
話題を変えるように、霖之助は大妖精を座らせた。
定位置に設けられた、彼女専用の指定席。
シンプルな装飾のその椅子にちょこんと腰掛ける大妖精に、新しいカップを手渡す。
「ちょうど茶葉を入れ替えたところだしね。君にも飲んでもらおうと思ったのさ」
「ありがとうございます」
カップの中身は砂糖を多めに入れたアイスティ。
大妖精のためにとチルノがたくさんくれた氷で冷やしてある。
正直これだけで彼女を雇った甲斐があるというものだ。
チルノ本人にアルバイトを頼むのは……いろいろな意味で躊躇した。
「さて、アルバイトは今日までだったね」
「え、ええ。そうです」
「本当に報酬はあれだけでよかったのかい?」
「はい。普段使いませんから、私には十分すぎる額ですし。
それに、追加のお願いも聞いていただけましたし」
追加のお願いというのは、かき氷に使う道具一式だ。
シロップを始めとして、使い捨てカップに、先の広がったプラスチックストローなどがそれに当たる。
というのもチルノが夏祭りでかき氷の出店をやるらしく、それに必要という話だ。
……なんでも半年以上前の年越しの日、博麗神社でも似たような祭りが催された時のことだ。
チルノは真冬にかき氷を出品し、売れないと嘆いていたらしい。
売れなかったのは真冬だったからだと結論づけ、リベンジに燃えているらしいのだが。
見かねた大妖精が、霖之助にシロップを注文したというわけだ。
いくら暑い日とは言え、やはり味が何もなければ売れるかはかなり怪しいと言える。
「前も尋ねたが……」
カップを両手で抱え、ストローを口に含んだ大妖精に、霖之助は疑問を投げかけた。
「どうしてうちでアルバイトしようと思ったんだい?
候補ならいくつかあっただろうに、人里とか」
「えっと、その」
前聞いたときは、はぐらかされた。
……いや、緊張で口が回らないようだったので諦めたのだが。
「門番のお姉さんに紹介されたんです」
「門番……ああ、美鈴か」
大妖精やチルノは紅魔館近くの湖でよく遊んでいるらしい。
なら彼女と知り合いでも不思議ではない。
「お姉さん、よく私達と遊んでくれるんですよ。それで、相談したら……」
「なるほど、寝ているだけじゃなかったのか」
「確かによく寝てますけど」
苦笑する大妖精だったが、霖之助が紅魔館に行くとだいたい寝ているので仕方がない。
それにしても、面倒見のいい美鈴らしい話ではある。
「まあ今回ばかりは彼女に感謝かな」
「そうなんですか?」
「もちろん、君さえよければ正式に雇いたいくらいだよ」
「ほ、本当ですか?」
大妖精はなんだかすごく驚いているようだった。
いや、何故か顔が赤い気がするが。
……考えても仕方がないので、霖之助は懐から小さながまぐちを取り出した。
中には1週間分のバイト代が入っている。
「少し早いが、給料をあげるよ。今までお疲れ様、大妖精」
「え、でも、まだ終わりの時間まではもう少しありますよ?」
「君だって祭りの準備とかいろいろあるだろう? あとはサービスにしておくから、行ってきなさい」
「そ、それはそうですけど……」
気を利かせたつもりだったのだが、大妖精は少々残念そうに見えた。
まあ、どうせ今日は夏祭りで客も来ないだろうから、早めに店を閉めるつもりでいたのだが。
「その財布はサービスだよ。さて、かき氷用のシロップだったね」
「は、はい」
霖之助は冷暗所に保存してあったシロップを取り出した。
拾ったものが多いが、未開封の瓶入りなので大丈夫だろう。
手提げ袋に入れ、大妖精に手渡す。
「ああ、ついでにオリジナルのシロップも入れておいたよ。
よかったら、使ってやってくれ」
「オリジナルって……ひょっとして、霖之助さんが作られたんですか?」
「まあ、ね。レシピが偶然手に入ってね。気に入らなかったら返してくれていいから」
「とんでもないです、嬉しいです!」
喜ぶ大妖精の顔を見られて何となく霖之助も嬉しくなってきた。
とはいえ味見してから言ってくれた方がありがたいのだが。
信頼してくれるのはいいのだが、なんというかむず痒くなってくる。
……そして、それに応えたいとも。
「よかった、これで大丈夫……」
「大妖精は友達想いだね」
「えへへ、ありがとうございます。親友ですから」
透き通った羽を伸ばし、照れたように笑う大妖精。
しかし少しだけ、彼女の笑顔にかげりが見えた。
「それに、私がお手伝いできるのはこれくらいですし……」
「ん? 売るのは手伝わないのかい?」
「チルノちゃんが氷を作るんですけど、削るのは結構大変ですから……。
実は応援の方を呼んであるんです。なので、私がやれることはだいたい終わりました」
「なるほど。売れるといいね」
「はい、私もそう思います」
はにかんだ笑みを浮かべる大妖精に、霖之助も笑顔を向けた。
1週間続いた彼女との日常もこれで終わりかと思うと、少しだけ名残惜しい気がする。
「り、霖之助さんは……」
ふと、大妖精はなにやら落ち着かない様子で言葉を発した。
「霖之助さんは、夏祭り、行かれるんでひゅか?」
噛んだ。
噛んでしまった。
顔を真っ赤にする大妖精の頭をひとつ撫でると、霖之助は肩を竦める。
「さて、どうしようかな。あまり騒がしいところは苦手だが……これもひとつの風物詩だ。
たまに顔を出してみるのも面白いとは思うんだがね。まだ保留ってとこかな」
「そうですか……」
チルノの店に来て欲しかったのだろうか。
大妖精は複雑そうな顔をしていたが、やがて立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、私、準備してきます!」
「ああ。またおいで」
「では、また……」
妙に緊張した表情で、彼女は扉に手をかけた。
カウベルの音とともに去っていく小さな背中を見送り、霖之助はため息をついた。
「今日は間違いなく誰も来ないだろうな」
可能性としたら魔理沙くらいのものだろう。
彼女は人里に近づきたがらないから。
しかし先日研究でしばらく籠もると言っていたし、やはり誰も来ないに違いない。
実にいつも通りである。
「ん?」
控えめなノックが響き、首を傾げる。
わざわざノックをして入ってくるような知り合いがいただろうか、と。
「どうぞ、開いているよ」
声をかけ、待つことしばし。
ゆっくりと開いた扉の先にいたのは、先ほどまで会話していた少女だった。
「……大妖精?」
「ふぁい……」
顔を赤らめ、深呼吸。
どうやら心の準備中らしい。
「あの、もしよろしければ……一緒に夏祭り、回っていただけませんか?」
「……それは、友人として、かな」
「えっと、はい……ダメですか?」
なるほど、一度出て行ったのは霖之助を祭りに誘うためらしい。
アルバイトの報酬としてではなく、友人として。
……誰かの入れ知恵だろうか。
確かにすぐ聞かれたら、香霖堂では生き物を扱わない、などと言って断っていたかもしれない。
まあ、この1週間の彼女の働きを考えると、受けてもいいような気はしていたが。
「まあ、シロップの評判を直接見るのも悪くないかな」
「それって……」
霖之助の言葉に、大妖精はぱっと表情を輝かせた。
「夕方あたりにまたおいで。それまでにこっちも準備をしておこう」
「は、はい!」
満面の笑みを浮かべる大妖精。
……この笑顔を見られるなら、頷いて正解だったかもしれない。
「よろしくお願いします、霖之助さん!」
いわゆる前後編の前編だったり。
霖之助 大妖精
「じゃーねー。またあとでー」
「うん、またね……じゃなかった。ありがとうございます。またお越しくださいませ」
去っていくサニーミルク達に手を振りつつ、大妖精は思い出したように頭を下げた。
カランカランと音を立てるのは香霖堂の玄関に設えられたカウベルだ。
香霖堂店員としての大妖精の動きを眺めつつ、霖之助は満足そうに頷いた。
「なかなか板に付いてきたじゃないか」
「そ、そうですか? ありがとうございます。
でも、霖之助さんに教えてもらったおかげですよ」
「素直にそう思えるのも君の長所のひとつかな。
だが店番というのは教えたからすぐ出来るというものじゃないからね」
「そうなんですか?」
「ああ、昔霊夢や魔理沙に頼んだときはちょっとね……」
彼女の言葉に、霖之助は遠い目を浮かべる。
ちょっと出かけている間だけという条件で店番を頼んだことがあるが、ふたりとも見事に店員としての務めを投げ出してくれた。
まあ、その間に来たのがいつもの客以外の常連なので仕方ないとも言えるのだが。
それはともかく。
「それに引き替え、大妖精なら安心して店を任せられるね」
「ひゃう!? あのあの、私……表の掃除してきます!」
「さっきもしたばかりだろう? それより使ったカップの片付けを頼めるかな」
「わかりました、お任せください」
「すまないね」
「いえ、その、好きでやってますので……」
なにやら張り切って答える大妖精に、霖之助は肩を竦めてみせる。
頑張るのはいいがもう少し気楽にいいよ、と言葉を添えて。
大妖精はシルバーのトレイにサニーミルク達が使ったカップを載せ、台所へと足を向ける。
ぴょこぴょこと揺れるサイドポニーテールが可愛らしい。
――アルバイトをさせてください。
そう言って大妖精が店にやってきたのが、1週間前のことだ。
1週間後、つまり今日の夕方から命蓮寺で開催される夏祭りを楽しむための軍資金が欲しいという理由だった。
物々交換でもいいのだが、やはり貨幣があった方がやりとりがスムーズに行くらしい。
突然の申し出で戸惑った霖之助だったが、彼岸前に倉庫の整理をしたいと思い、承諾することにした。
梅雨の間に溜まった湿気を追い出すための掃除もする必要があったのでちょうどよかったと言える。
頼んだのは店番と簡単な掃除だ。
どうせこの時期、あまり客は来ないから問題ないだろう。
客以外の常連については説明すれば何とかなる。
そして物珍しさに、あるいは新しい遊び場として、ある程度妖精が集まるのは覚悟していたのだが……。
「少々予想外だったな」
目の前にあるのはサニーミルクが持ってきた太陽の石。
そして梅霖の妖精からもらった雨雲の杖だ。
本人達にとっては単に拾ったものを処分しに来たつもりだが、なかなかの逸品だ。
おそらく妖精達の目線じゃないと見つかりにくいものなのだろう。
まさに掘り出し物というやつだ。
「……あの、ひょっとして迷惑でしたか?」
「ん? どうしてそう思うんだい?」
「さっきの道具をじっと見て難しい顔してるので……ひょっとして、気に入らなかったのかなと思って」
声に振り向くと、大妖精が困ったような表情を浮かべていた。
いつの間にか戻ってきていたらしい。
仕事が早いことだ。
どうやら笑いを抑えていたせいで変な顔になっていたようだ。
霖之助は誤魔化すように咳払いをすると、改めて彼女に向き直る。
「いや、いろいろな道具を持ってきてもらってありがたいと思ってるところさ。
むしろ君たちには感謝しているよ」
「そうですか……よかったです」
ほっと胸を撫で下ろし、大妖精はカウンターの横へとやってきた。
ここ1週間の彼女の定位置。
すっかりこの光景も馴染んでしまった気がする。
「みんなお店ごっこが面白いらしくて……もし変なものばかりでしたら、その」
「まあ、変なものは確かにあるがね。僕が望んで買い取ってるんだから、君が気にすることはないよ」
現に対価は彼女たちの望み通りのものをあげたりしている。
つまり妖精の価値観で、だ。
……公平な目で見れば、不当に安いと言われるかもしれない。
だが彼女たちが満足しているのなら問題ないだろう。たぶん。
「そう言って貰えると……。あ、洗い物終わりましたよ、霖之助さん」
大妖精は安心したようにため息をつくと、思い出したように口を開いた。
「ありがとう。しばらく楽にしていていいよ」
「えっ、でも、掃除とかもしたいんですけど」
「そうかい?」
「え、ええ……」
彼女ははなにやら言いにくそうに店内を見回す。
それから恐る恐る、と言った様子で言葉を続けた。
「その、もっとお客さんが来るように……したいです」
「……そんなに心配なのかな」
「えっと、だって私がいる時来たのって、お友達以外では紅魔館のメイドさんだけですし」
確かに、彼女がいる間にまともに買い物に来たのは咲夜が一度きりだ。
いい機会だからと勘定まで大妖精に任せたため、また変なことを始めたのかと笑っていた。
「まあ、いつものことだからね」
こればかりは隠しても仕方がない。
いつかは幻想郷屈指の大商人になるという目標はあるのだが、今はその下積み段階というものだ。
急いては事をし損じる。
今焦っても意味がないのである。
「私のお給料とか、もし負担でしたら……」
「心配ないよ。というか、むしろ安すぎるくらいなんだがね」
慎重で心配性なのは、彼女の長所であり短所だと思う。
むしろそれくらいの報酬すら払えないと思われることの方が道具屋として致命的ではないだろうかと、霖之助は思わず戦慄した。
「大妖精、疲れただろう? 少し休むといい」
「で、でも……」
「休むのも仕事のうち、だよ」
「ふぁい」
話題を変えるように、霖之助は大妖精を座らせた。
定位置に設けられた、彼女専用の指定席。
シンプルな装飾のその椅子にちょこんと腰掛ける大妖精に、新しいカップを手渡す。
「ちょうど茶葉を入れ替えたところだしね。君にも飲んでもらおうと思ったのさ」
「ありがとうございます」
カップの中身は砂糖を多めに入れたアイスティ。
大妖精のためにとチルノがたくさんくれた氷で冷やしてある。
正直これだけで彼女を雇った甲斐があるというものだ。
チルノ本人にアルバイトを頼むのは……いろいろな意味で躊躇した。
「さて、アルバイトは今日までだったね」
「え、ええ。そうです」
「本当に報酬はあれだけでよかったのかい?」
「はい。普段使いませんから、私には十分すぎる額ですし。
それに、追加のお願いも聞いていただけましたし」
追加のお願いというのは、かき氷に使う道具一式だ。
シロップを始めとして、使い捨てカップに、先の広がったプラスチックストローなどがそれに当たる。
というのもチルノが夏祭りでかき氷の出店をやるらしく、それに必要という話だ。
……なんでも半年以上前の年越しの日、博麗神社でも似たような祭りが催された時のことだ。
チルノは真冬にかき氷を出品し、売れないと嘆いていたらしい。
売れなかったのは真冬だったからだと結論づけ、リベンジに燃えているらしいのだが。
見かねた大妖精が、霖之助にシロップを注文したというわけだ。
いくら暑い日とは言え、やはり味が何もなければ売れるかはかなり怪しいと言える。
「前も尋ねたが……」
カップを両手で抱え、ストローを口に含んだ大妖精に、霖之助は疑問を投げかけた。
「どうしてうちでアルバイトしようと思ったんだい?
候補ならいくつかあっただろうに、人里とか」
「えっと、その」
前聞いたときは、はぐらかされた。
……いや、緊張で口が回らないようだったので諦めたのだが。
「門番のお姉さんに紹介されたんです」
「門番……ああ、美鈴か」
大妖精やチルノは紅魔館近くの湖でよく遊んでいるらしい。
なら彼女と知り合いでも不思議ではない。
「お姉さん、よく私達と遊んでくれるんですよ。それで、相談したら……」
「なるほど、寝ているだけじゃなかったのか」
「確かによく寝てますけど」
苦笑する大妖精だったが、霖之助が紅魔館に行くとだいたい寝ているので仕方がない。
それにしても、面倒見のいい美鈴らしい話ではある。
「まあ今回ばかりは彼女に感謝かな」
「そうなんですか?」
「もちろん、君さえよければ正式に雇いたいくらいだよ」
「ほ、本当ですか?」
大妖精はなんだかすごく驚いているようだった。
いや、何故か顔が赤い気がするが。
……考えても仕方がないので、霖之助は懐から小さながまぐちを取り出した。
中には1週間分のバイト代が入っている。
「少し早いが、給料をあげるよ。今までお疲れ様、大妖精」
「え、でも、まだ終わりの時間まではもう少しありますよ?」
「君だって祭りの準備とかいろいろあるだろう? あとはサービスにしておくから、行ってきなさい」
「そ、それはそうですけど……」
気を利かせたつもりだったのだが、大妖精は少々残念そうに見えた。
まあ、どうせ今日は夏祭りで客も来ないだろうから、早めに店を閉めるつもりでいたのだが。
「その財布はサービスだよ。さて、かき氷用のシロップだったね」
「は、はい」
霖之助は冷暗所に保存してあったシロップを取り出した。
拾ったものが多いが、未開封の瓶入りなので大丈夫だろう。
手提げ袋に入れ、大妖精に手渡す。
「ああ、ついでにオリジナルのシロップも入れておいたよ。
よかったら、使ってやってくれ」
「オリジナルって……ひょっとして、霖之助さんが作られたんですか?」
「まあ、ね。レシピが偶然手に入ってね。気に入らなかったら返してくれていいから」
「とんでもないです、嬉しいです!」
喜ぶ大妖精の顔を見られて何となく霖之助も嬉しくなってきた。
とはいえ味見してから言ってくれた方がありがたいのだが。
信頼してくれるのはいいのだが、なんというかむず痒くなってくる。
……そして、それに応えたいとも。
「よかった、これで大丈夫……」
「大妖精は友達想いだね」
「えへへ、ありがとうございます。親友ですから」
透き通った羽を伸ばし、照れたように笑う大妖精。
しかし少しだけ、彼女の笑顔にかげりが見えた。
「それに、私がお手伝いできるのはこれくらいですし……」
「ん? 売るのは手伝わないのかい?」
「チルノちゃんが氷を作るんですけど、削るのは結構大変ですから……。
実は応援の方を呼んであるんです。なので、私がやれることはだいたい終わりました」
「なるほど。売れるといいね」
「はい、私もそう思います」
はにかんだ笑みを浮かべる大妖精に、霖之助も笑顔を向けた。
1週間続いた彼女との日常もこれで終わりかと思うと、少しだけ名残惜しい気がする。
「り、霖之助さんは……」
ふと、大妖精はなにやら落ち着かない様子で言葉を発した。
「霖之助さんは、夏祭り、行かれるんでひゅか?」
噛んだ。
噛んでしまった。
顔を真っ赤にする大妖精の頭をひとつ撫でると、霖之助は肩を竦める。
「さて、どうしようかな。あまり騒がしいところは苦手だが……これもひとつの風物詩だ。
たまに顔を出してみるのも面白いとは思うんだがね。まだ保留ってとこかな」
「そうですか……」
チルノの店に来て欲しかったのだろうか。
大妖精は複雑そうな顔をしていたが、やがて立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、私、準備してきます!」
「ああ。またおいで」
「では、また……」
妙に緊張した表情で、彼女は扉に手をかけた。
カウベルの音とともに去っていく小さな背中を見送り、霖之助はため息をついた。
「今日は間違いなく誰も来ないだろうな」
可能性としたら魔理沙くらいのものだろう。
彼女は人里に近づきたがらないから。
しかし先日研究でしばらく籠もると言っていたし、やはり誰も来ないに違いない。
実にいつも通りである。
「ん?」
控えめなノックが響き、首を傾げる。
わざわざノックをして入ってくるような知り合いがいただろうか、と。
「どうぞ、開いているよ」
声をかけ、待つことしばし。
ゆっくりと開いた扉の先にいたのは、先ほどまで会話していた少女だった。
「……大妖精?」
「ふぁい……」
顔を赤らめ、深呼吸。
どうやら心の準備中らしい。
「あの、もしよろしければ……一緒に夏祭り、回っていただけませんか?」
「……それは、友人として、かな」
「えっと、はい……ダメですか?」
なるほど、一度出て行ったのは霖之助を祭りに誘うためらしい。
アルバイトの報酬としてではなく、友人として。
……誰かの入れ知恵だろうか。
確かにすぐ聞かれたら、香霖堂では生き物を扱わない、などと言って断っていたかもしれない。
まあ、この1週間の彼女の働きを考えると、受けてもいいような気はしていたが。
「まあ、シロップの評判を直接見るのも悪くないかな」
「それって……」
霖之助の言葉に、大妖精はぱっと表情を輝かせた。
「夕方あたりにまたおいで。それまでにこっちも準備をしておこう」
「は、はい!」
満面の笑みを浮かべる大妖精。
……この笑顔を見られるなら、頷いて正解だったかもしれない。
「よろしくお願いします、霖之助さん!」
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No title
一度出て、改めて入ってくる、なんていう回りくどいやり方をするのがとてもよかったです。
かき氷が食べたくなりました。
かき氷が食べたくなりました。
大ちゃんかーわーいーいー!!
助っ人の方は誰なんだろう。やっぱり美鈴なのだろうか
助っ人の方は誰なんだろう。やっぱり美鈴なのだろうか
No title
ああ、ヤバイよぅ……。奥ゆかしい少女の可愛らしいこと可愛らしいこと。後編が今から楽しみでしょうがありませんっ!
大ちゃんちょーかわいい。
大ちゃんちょーかわいい。
大ちゃんが噛んじゃったあたりでニヤニヤが堪えきれなくなった。かわいいなあもう
太陽の石と雨雲の杖が幻想入りしてるw
次は王女ならぬ姫の愛でロトの印を探しに行くんですねわかりますん
太陽の石と雨雲の杖が幻想入りしてるw
次は王女ならぬ姫の愛でロトの印を探しに行くんですねわかりますん
No title
大ちゃんかーわーいーいー
ニヤニヤが、ニヤニヤが終わっても止まらない
ど、どうしよう
後編、期待して待ってます!
後、出来ればブンキシャも・・・。
それでは!失礼します!
ニヤニヤが、ニヤニヤが終わっても止まらない
ど、どうしよう
後編、期待して待ってます!
後、出来ればブンキシャも・・・。
それでは!失礼します!
No title
大ちゃんかーわーいーいー!
と言うか妖精がものすげぇものを霖之助さんとこに持ちこんでる件について
しかしこの大ちゃん可愛すぎる。霖之助さん、嫁だ、嫁にもらうんだ!
と言うか妖精がものすげぇものを霖之助さんとこに持ちこんでる件について
しかしこの大ちゃん可愛すぎる。霖之助さん、嫁だ、嫁にもらうんだ!
No title
大ちゃんかーわーいーいー!
ってかここまでだけで既に満足しすぎてこれが前後編だという事を忘れていた……!
ってかここまでだけで既に満足しすぎてこれが前後編だという事を忘れていた……!
No title
\大ちゃんかーわーいーいー/
うおおおおおおおおおお大ちゃんすごく可愛いいいいいいいいいいいいい
恥ずかしそうで、一生懸命な大ちゃん・・・とても癒されました・・・・。
店番してる大ちゃんすごく微笑ましそうだなーとニヤニヤ妄想が全開ですw
後編楽しみにしてます!!
うおおおおおおおおおお大ちゃんすごく可愛いいいいいいいいいいいいい
恥ずかしそうで、一生懸命な大ちゃん・・・とても癒されました・・・・。
店番してる大ちゃんすごく微笑ましそうだなーとニヤニヤ妄想が全開ですw
後編楽しみにしてます!!
No title
大ちゃんの可愛さがあれば、この夏の暑さもきっと乗り切れる!
石と杖が交差し出来る雫の用途は『店主と妖精との仲を繋ぐ』だと信じてる。
石と杖が交差し出来る雫の用途は『店主と妖精との仲を繋ぐ』だと信じてる。
霖之助さんにはやっぱり尽くす系の女性が合うと思う。大妖精はその条件を十分満たしてますね。
…待てよ、そうしたら昨夜さんも当て嵌まる。
はっ!これは修羅場の香りが(笑
…待てよ、そうしたら昨夜さんも当て嵌まる。
はっ!これは修羅場の香りが(笑
↓昨夜さんって誰だよ、私の馬鹿。
咲夜さんゴメン。
咲夜さんゴメン。
No title
大ちゃんかーわーいーいー^q^<モエス!
>声をかけ、待つことしばし。
>ゆっくりと開いた扉の先にいたのは、先ほどまで会話していた少女だった。
>顔を赤らめ、深呼吸。
>どうやら心の準備中らしい。
ここの辺で、ピクシブの某大ちゃんかーわーいーいー漫画の超絶乙女大ちゃんが思い浮かんだのは俺だけではないと思うんだw
>声をかけ、待つことしばし。
>ゆっくりと開いた扉の先にいたのは、先ほどまで会話していた少女だった。
>顔を赤らめ、深呼吸。
>どうやら心の準備中らしい。
ここの辺で、ピクシブの某大ちゃんかーわーいーいー漫画の超絶乙女大ちゃんが思い浮かんだのは俺だけではないと思うんだw