酉京都幻想 第3話
『酉京都幻想 第2話』の続きっぽく。
メリーさんの出番は、うん。いつかきっとそのうち。
追記。
相方に岡崎教授を描いてもらいました。
霖之助 蓮子メリー 夢美
「アルバイトなら、私が紹介してあげるのに」
そう言って、夢美は肩を竦めた。
その動きに合わせ、紅いマントがゆらりと揺れる。
魔術師然としたそれはこの世界、この学校では異様とも言える服装だったが、不思議と彼女には似合って見えた。
よく見ると、ここ彼女の研究室には魔法めいた道具がいくつか見受けられる。
中でも特に目を惹くのは、壁際に置いてある魔法の杖のようなものだろうか。
「やめたほうがいいぜ。ご主人の紹介なんて間違いなくロクでもない仕事だからな」
ちゆりがそう言って笑う。
そんな彼女を、夢美はジロリと睨み付けた。
「……そうね、助手のバイトとかどうかしら。
人手が足りなくなるかもしれないし」
「ひどいぜ、ご主人」
「さすがにそれは遠慮しておくよ」
仲のよさそうなふたりに、霖之助は苦笑を漏らす。
「それに好意はありがたいが、さすがに全て甘えるのもね。
それに蓮子曰く、探すのも勉強らしいよ」
「あら、あの子の言うことなら聞くのかしら」
「世話になってるからね」
そう言って肩を竦める霖之助。
夢美はちゆりから視線を移すと、ひとつ笑みを浮かべた。
「ふぅん、まあいいわ。
あなたが受けてくれる気になっただけでもこっちは大助かりだもの。
宇佐見に感謝しないとね」
「限られた時間を効率よく使うための取引だよ」
「ええ、それでこそよ」
彼女は満足そうに頷き、机の中から紙の束を取り出す。
「じゃあこれ、あなたにあげるわ。続きはまた次回ね」
夢美から受け取った紙の束には、『5分でわかる初等学問』と書かれていた。
彼女の言っていた初等教育のまとめだろう。
「わざわざ印刷してくれたのかい?」
「ええ。あなた、こっちのほうが好みでしょう?」
ざっとめくると、なるほど綺麗にまとめられていた。
まるで、いつかそういう相手に会うことを予想していたかのような用意のよさだ。
気にはなったが、あえて突っ込まないでおく。
彼女も何も言わなかった。それでいいのだろう。
「しかし本当に5分でわかるのかな」
「まあ、無理でしょうね」
霖之助の問いに、夢美はあっさりと答え、首を振る。
「要は言霊よ。実際に5分とは行かなくても、何も書かないよりは効果があると思ってるわ。どうかしら?」
「ああ、気に入ったよ。君の答えも、この紙もね」
「そう言ってくれると自信が持てるわね」
彼女のそれは、実に霖之助好みの考え方だった。
ないものはない、を掲げる香霖堂と通じるものがある気がする。
……詭弁と言われればそれまでだが。
「それで、僕はなにを手伝えばいいのかな」
「そうねぇ……どれにしようかしら。
やっぱり一番最初だもの。これは、というやつにすべきよね。そうすると……」
夢美は壁の一角へと歩み寄り、首を捻った。
そこには昨日まで無かったはずの紙の山が詰まれている。
……あれが全て、彼女の理論だというのだろうか。
「あ~あ、完全にスイッチ入っちゃってるぜ」
ちゆりのため息が聞こえてきた。
もしかしたら踏み入れてはいけない領域だったのかもしれない。
時既に遅し、だが。
「決めた。月にするわ」
膨大な資料の中から紙の束をひとつ抜き取り、夢美は戻ってきた。
それをそのまま、霖之助に押しつける。
「月だって?」
「ええ。ねえ森近、それにも書いてるけど、光合成の原理って知ってるかしら」
「光合成って……植物のかい?」
言われて、思い出す。
確かその話は昔読んだことがあった。
「光を吸収して酸素を吐き出す、だったかな」
「ええ、葉緑体はその名の通りほとんどが緑色をしているわ。例外もあるけどね」
そこまで言うと、彼女は一度言葉を切る。
「じゃあ何故、緑色をしているのかしら?」
「それは……」
緑になるべくしてなったのではないか。
ものにはそれぞれ意味があるのだから。
……だがそれを言うには、少し躊躇われた。
夢美は言葉に詰まる霖之助を見て、ニヤリと笑う。
「正解はね、緑色が要らないからよ」
「うん?」
「他の波長の光は吸収されて光合成に使われるの。
緑色の波長の光は吸収されず、反射される。
その光が目に入るから植物は緑に見えるのよ。
ま、赤でも黄でも同じことだけど。科学的にはね」
夢美は研究室の窓から空を見上げた。
まだ昼間のため、月は出ていない。
「ねぇ、満月の夜は犯罪が増えるって統計、知ってるかしら?
そうでなくても、古くから月の満ち欠けと関係のある妖怪は多いわよね」
「……ああ」
月の満ち欠け。一番有名なのは狼男だろうか。
それに加え、霖之助の脳裏に里の守護者の姿が思い浮かぶ。
それと、月の妖精や紅い月の吸血鬼も。
「それが月の光のせいだったとしたら?
月が要らないからと捨てた穢れが、地上に降り注いでいるのだとしたら?」
まるで演説をするように、夢美は手を広げた。
「じゃあ月とは一体何なのかしら。
地上に穢れが降り注いでいると言うことは、月には一切無いと言うことになる。
まるで穢れを嫌う、神の国……だったら、面白いと思わないかしら?」
「…………」
笑う夢美の横で、ちゆりがハッと顔を上げた。
「……あ、寝てたぜ」
聞かなかったことにしたらしい。
肩を竦め、言葉を続ける。
「かいつまんで説明したけど、だいたいそんな事が書いてあるわ。
読んで意見を聞かせて欲しいの」
おまけとばかりに紙とペンを渡してきた。
こっちのほうが書きやすいだろうから、と。
よくよく予想通りなのだろう。
「書けるところまでで、構わないから」
「了解したよ、岡崎教授」
曖昧に頷き、霖之助は踵を返す。
このあと午後の授業があるのだ。あまり長居するわけにも行かない。
「変に気に入られてるな。大変だと思うが適当に相手してやってくれ」
「まあ、これくらいなら構わないよ」
ちゆりの頭にぽんと手を置き、霖之助は部屋をあとにした。
彼の後ろ姿を見送り、彼女は首を傾げる。
「なあご主人、なんで私は子供扱いされてるんだぜ?
教授助手って生徒より偉いよな?」
「さぁね」
上機嫌な夢美は、助手の言葉をあっさりと切り捨てた。
「じゃあ結局、教授から教えてもらうことになったんだ」
「ああ。要約するとね」
京都の夜道を、蓮子と並んで歩く。
霖之助の話を聞いた彼女は、拗ねたように唇を尖らせた。
「私が教えてあげるって言ったのに……」
「君にあまり手間をかけさせるのも悪いと思ってね。
それにやはり本職に教えてもらったほうが早いだろう?
それでこそアルバイトの時間が取れるというものさ」
「じゃあ私のためってこと? ……なら許してあげる」
そう言って、彼女は笑顔を浮かべる。
つい先ほど、今日のバイトが終わったところだった。
勤勉で精神的に豊かな国民性を重視するこの教育機関は、短期のアルバイトも豊富に募集していた。
そして『何でもやってみよう』という蓮子の言葉を実行すべく、アルバイトに励んでいるのである。
蓮子が提案したのは、募集掲示板の一番上にあるものを受ける、と言うものだ。
もちろんあまり彼女向きではない仕事などもあったが、霖之助君と一緒ならなんだって楽しいよ、らしい。
そう言われれば、あまり悪い気もしないわけで。
「でも、すっかり遅くなっちゃったね~」
言いながら、蓮子は道を照らす街灯を眺めた。
夜道とはいえ、きちんと整備された通路だ。
危険はないし、妖怪が出ることもない。
「ああ。片付け終わるのにちょっと時間がかかったからね……」
「なんだ、まだヘコんでるの?」
少しだけ肩を落とした霖之助を見て、可笑しそうに蓮子が笑う。
「そんなことはない」
「ふぅん、じゃあそういう事にしておこうか」
「…………」
首を振る彼に、やはり蓮子は笑っていた。
霖之助は仮にも香霖堂の店主である。接客には自信があったのだが……。
本日行った喫茶店でのバイト中、ウェイターをしていた途中で厨房担当へ回されたのだ。
……とはいえ、心当たりはいくつかあるのだが。
「まあ、誰にだって失敗はあるよ。気にしない気にしない。
それに、霖之助君を裏に回してくれって私が頼んだんだし……」
「ん? 何か言ったかい?」
「なんでもない。霖之助君が入れたコーヒーの味褒められてたから、むしろ向いてたのかもしれないよ?」
そう言えば、女性客に話しかけられていると蓮子が何か言いたそうに見てきた。
……何か関係があるのだろうか。
考えてもわからなかったので、思考を切り替えることにする。
「メリーはもう帰ってる時間かな?」
「最近遅いから、どうだろうねぇ。妙に疲れてるみたいだし」
蓮子は少し心配そうな表情を浮かべる。
最初はメリーも誘おうと思ったのだが、別のバイトが忙しいからと断られたのだった。
「そう言えばメリーのバイトって、何やってるかは知らないんだよね」
「そうか。まあ彼女にもいろいろあるんだろう」
そう言って、霖之助は肩を竦めた。
おそらく幻想郷関係だろう。
二足の草鞋の生活というのもなかなか大変なようだ。
「それにしても、今何時かな」
そう呟き、PDAを取り出そうとしたところで、隣から声がかかる。
「20時12分37秒」
声に振り向くと、蓮子が帽子の両端を持って下に引っ張り、目深に被り直していた。
「随分正確な時計だね」
帽子を深く被ったせいで視界が悪くなったのか、少し歩く速度が落ちる。
彼女に合わせて霖之助も速度を弛めた。
ふたりの距離が、少し近くなる。
「そう、正確なのよ。この空の月と星はね」
それきり彼女は黙ってしまった。
霖之助は何も言わず、ただ歩き続ける。
話したければ話せばいい。いくらでも待つから、と言わんばかりに。
……ややあって、意を決したように蓮子が口を開いた。
「星を見ただけで今の時間がわかるし、月を見ただけで今居る場所がわかる。
それが私の能力。私の目」
「……そうか」
メリー……紫と一緒にいるのだ。
ただの人間ではないとは思っていた。
時間と空間。
メイドや死神の姿を思い出した。
「……なるほどね」
大きく息を吐き出す霖之助。
蓮子の身体がぴくりと揺れた。
……まるで、何か言われるのを怖がっているように。
それにしても。
今日はよっぽど月に縁のある日だ、と霖之助は苦笑を漏らす。
「時計いらずで、便利じゃないか」
「私は嫌い。この能力。便利だから、つい使っちゃうけど」
メリーとも友達になれたしね、と付け加える。
「だけど私はいつもここにいる。
浪漫なんてちっともない、星空を見てもいつも……あるのは現実ばかり」
そう言って、蓮子は空に向けて手を伸ばした。
まるで、星を掴もうとするかのように。
「宇宙なら、この能力も変わるのかなって。もしくは、幻想の世界なら……」
――それともやっぱりここは月面ですって出るのかな。
蓮子はそんな事を呟いた。
月に行きたいと言っていたのはそんな理由なのだろうか。
霖之助が無言のままでいると、蓮子はため息を吐いた。
そして首を振る。
「だけど、今の私があるのはこの能力のおかげだし……。
……でも、気持ち悪いよね、こんな私」
言いたかったことを言い終えたのか、蓮子はそれきり黙ってしまった。
霖之助は言葉を選ぶようにして、そっと呟く。
「それなら僕も、気持ち悪いのかな」
「え?」
驚く蓮子に、少しだけ笑って見せた。
「僕にも、道具の名称と用途が見えるんだよ。
君の瞳と……似たようなものかもしれないね」
「……なんだ、便利そうじゃない。あれ、でも……?」
首を傾げる蓮子。
霖之助が機械をあまり操作できないことを不思議に思っているのだろう。
「そう、残念ながら使い方まではわからないんだ」
言葉とともに、PDAを取り出す。
用途が多様化しすぎていて、霖之助の能力をもってしても絞りきれない。
「なにそれ、変なの」
笑う彼女に、霖之助は肩を竦めて見せる。
「だが僕はこの能力を気に入ってるよ。
道具を愛するが故に身につけたものだと思ってるからね。もしかしたら、君も……」
それ以上は、あえて言わなかった。
だが、それで十分だったらしい。
「確かに、宇宙は好きだけどね」
少しだけ困ったように、彼女はため息。
そう簡単ではないのだろう。
だが。
「でも、ありがとう、霖之助君。なんだか話したらスッキリしたよ」
蓮子は霖之助を見上げ、微笑んだ。
もしかしたら、ずっと引っかかっていたのかもしれない。
「あ、ひとつ大発見」
霖之助の隣で、肩を寄せ合うようにして。
「たとえ星空でも、霖之助君の顔を見上げてたら幸せな気分になれるよ」
腕を組んで、蓮子は笑った。
言葉通りに、幸せそうな笑顔で。
メリーさんの出番は、うん。いつかきっとそのうち。
追記。
相方に岡崎教授を描いてもらいました。
霖之助 蓮子
「アルバイトなら、私が紹介してあげるのに」
そう言って、夢美は肩を竦めた。
その動きに合わせ、紅いマントがゆらりと揺れる。
魔術師然としたそれはこの世界、この学校では異様とも言える服装だったが、不思議と彼女には似合って見えた。
よく見ると、ここ彼女の研究室には魔法めいた道具がいくつか見受けられる。
中でも特に目を惹くのは、壁際に置いてある魔法の杖のようなものだろうか。
「やめたほうがいいぜ。ご主人の紹介なんて間違いなくロクでもない仕事だからな」
ちゆりがそう言って笑う。
そんな彼女を、夢美はジロリと睨み付けた。
「……そうね、助手のバイトとかどうかしら。
人手が足りなくなるかもしれないし」
「ひどいぜ、ご主人」
「さすがにそれは遠慮しておくよ」
仲のよさそうなふたりに、霖之助は苦笑を漏らす。
「それに好意はありがたいが、さすがに全て甘えるのもね。
それに蓮子曰く、探すのも勉強らしいよ」
「あら、あの子の言うことなら聞くのかしら」
「世話になってるからね」
そう言って肩を竦める霖之助。
夢美はちゆりから視線を移すと、ひとつ笑みを浮かべた。
「ふぅん、まあいいわ。
あなたが受けてくれる気になっただけでもこっちは大助かりだもの。
宇佐見に感謝しないとね」
「限られた時間を効率よく使うための取引だよ」
「ええ、それでこそよ」
彼女は満足そうに頷き、机の中から紙の束を取り出す。
「じゃあこれ、あなたにあげるわ。続きはまた次回ね」
夢美から受け取った紙の束には、『5分でわかる初等学問』と書かれていた。
彼女の言っていた初等教育のまとめだろう。
「わざわざ印刷してくれたのかい?」
「ええ。あなた、こっちのほうが好みでしょう?」
ざっとめくると、なるほど綺麗にまとめられていた。
まるで、いつかそういう相手に会うことを予想していたかのような用意のよさだ。
気にはなったが、あえて突っ込まないでおく。
彼女も何も言わなかった。それでいいのだろう。
「しかし本当に5分でわかるのかな」
「まあ、無理でしょうね」
霖之助の問いに、夢美はあっさりと答え、首を振る。
「要は言霊よ。実際に5分とは行かなくても、何も書かないよりは効果があると思ってるわ。どうかしら?」
「ああ、気に入ったよ。君の答えも、この紙もね」
「そう言ってくれると自信が持てるわね」
彼女のそれは、実に霖之助好みの考え方だった。
ないものはない、を掲げる香霖堂と通じるものがある気がする。
……詭弁と言われればそれまでだが。
「それで、僕はなにを手伝えばいいのかな」
「そうねぇ……どれにしようかしら。
やっぱり一番最初だもの。これは、というやつにすべきよね。そうすると……」
夢美は壁の一角へと歩み寄り、首を捻った。
そこには昨日まで無かったはずの紙の山が詰まれている。
……あれが全て、彼女の理論だというのだろうか。
「あ~あ、完全にスイッチ入っちゃってるぜ」
ちゆりのため息が聞こえてきた。
もしかしたら踏み入れてはいけない領域だったのかもしれない。
時既に遅し、だが。
「決めた。月にするわ」
膨大な資料の中から紙の束をひとつ抜き取り、夢美は戻ってきた。
それをそのまま、霖之助に押しつける。
「月だって?」
「ええ。ねえ森近、それにも書いてるけど、光合成の原理って知ってるかしら」
「光合成って……植物のかい?」
言われて、思い出す。
確かその話は昔読んだことがあった。
「光を吸収して酸素を吐き出す、だったかな」
「ええ、葉緑体はその名の通りほとんどが緑色をしているわ。例外もあるけどね」
そこまで言うと、彼女は一度言葉を切る。
「じゃあ何故、緑色をしているのかしら?」
「それは……」
緑になるべくしてなったのではないか。
ものにはそれぞれ意味があるのだから。
……だがそれを言うには、少し躊躇われた。
夢美は言葉に詰まる霖之助を見て、ニヤリと笑う。
「正解はね、緑色が要らないからよ」
「うん?」
「他の波長の光は吸収されて光合成に使われるの。
緑色の波長の光は吸収されず、反射される。
その光が目に入るから植物は緑に見えるのよ。
ま、赤でも黄でも同じことだけど。科学的にはね」
夢美は研究室の窓から空を見上げた。
まだ昼間のため、月は出ていない。
「ねぇ、満月の夜は犯罪が増えるって統計、知ってるかしら?
そうでなくても、古くから月の満ち欠けと関係のある妖怪は多いわよね」
「……ああ」
月の満ち欠け。一番有名なのは狼男だろうか。
それに加え、霖之助の脳裏に里の守護者の姿が思い浮かぶ。
それと、月の妖精や紅い月の吸血鬼も。
「それが月の光のせいだったとしたら?
月が要らないからと捨てた穢れが、地上に降り注いでいるのだとしたら?」
まるで演説をするように、夢美は手を広げた。
「じゃあ月とは一体何なのかしら。
地上に穢れが降り注いでいると言うことは、月には一切無いと言うことになる。
まるで穢れを嫌う、神の国……だったら、面白いと思わないかしら?」
「…………」
笑う夢美の横で、ちゆりがハッと顔を上げた。
「……あ、寝てたぜ」
聞かなかったことにしたらしい。
肩を竦め、言葉を続ける。
「かいつまんで説明したけど、だいたいそんな事が書いてあるわ。
読んで意見を聞かせて欲しいの」
おまけとばかりに紙とペンを渡してきた。
こっちのほうが書きやすいだろうから、と。
よくよく予想通りなのだろう。
「書けるところまでで、構わないから」
「了解したよ、岡崎教授」
曖昧に頷き、霖之助は踵を返す。
このあと午後の授業があるのだ。あまり長居するわけにも行かない。
「変に気に入られてるな。大変だと思うが適当に相手してやってくれ」
「まあ、これくらいなら構わないよ」
ちゆりの頭にぽんと手を置き、霖之助は部屋をあとにした。
彼の後ろ姿を見送り、彼女は首を傾げる。
「なあご主人、なんで私は子供扱いされてるんだぜ?
教授助手って生徒より偉いよな?」
「さぁね」
上機嫌な夢美は、助手の言葉をあっさりと切り捨てた。
「じゃあ結局、教授から教えてもらうことになったんだ」
「ああ。要約するとね」
京都の夜道を、蓮子と並んで歩く。
霖之助の話を聞いた彼女は、拗ねたように唇を尖らせた。
「私が教えてあげるって言ったのに……」
「君にあまり手間をかけさせるのも悪いと思ってね。
それにやはり本職に教えてもらったほうが早いだろう?
それでこそアルバイトの時間が取れるというものさ」
「じゃあ私のためってこと? ……なら許してあげる」
そう言って、彼女は笑顔を浮かべる。
つい先ほど、今日のバイトが終わったところだった。
勤勉で精神的に豊かな国民性を重視するこの教育機関は、短期のアルバイトも豊富に募集していた。
そして『何でもやってみよう』という蓮子の言葉を実行すべく、アルバイトに励んでいるのである。
蓮子が提案したのは、募集掲示板の一番上にあるものを受ける、と言うものだ。
もちろんあまり彼女向きではない仕事などもあったが、霖之助君と一緒ならなんだって楽しいよ、らしい。
そう言われれば、あまり悪い気もしないわけで。
「でも、すっかり遅くなっちゃったね~」
言いながら、蓮子は道を照らす街灯を眺めた。
夜道とはいえ、きちんと整備された通路だ。
危険はないし、妖怪が出ることもない。
「ああ。片付け終わるのにちょっと時間がかかったからね……」
「なんだ、まだヘコんでるの?」
少しだけ肩を落とした霖之助を見て、可笑しそうに蓮子が笑う。
「そんなことはない」
「ふぅん、じゃあそういう事にしておこうか」
「…………」
首を振る彼に、やはり蓮子は笑っていた。
霖之助は仮にも香霖堂の店主である。接客には自信があったのだが……。
本日行った喫茶店でのバイト中、ウェイターをしていた途中で厨房担当へ回されたのだ。
……とはいえ、心当たりはいくつかあるのだが。
「まあ、誰にだって失敗はあるよ。気にしない気にしない。
それに、霖之助君を裏に回してくれって私が頼んだんだし……」
「ん? 何か言ったかい?」
「なんでもない。霖之助君が入れたコーヒーの味褒められてたから、むしろ向いてたのかもしれないよ?」
そう言えば、女性客に話しかけられていると蓮子が何か言いたそうに見てきた。
……何か関係があるのだろうか。
考えてもわからなかったので、思考を切り替えることにする。
「メリーはもう帰ってる時間かな?」
「最近遅いから、どうだろうねぇ。妙に疲れてるみたいだし」
蓮子は少し心配そうな表情を浮かべる。
最初はメリーも誘おうと思ったのだが、別のバイトが忙しいからと断られたのだった。
「そう言えばメリーのバイトって、何やってるかは知らないんだよね」
「そうか。まあ彼女にもいろいろあるんだろう」
そう言って、霖之助は肩を竦めた。
おそらく幻想郷関係だろう。
二足の草鞋の生活というのもなかなか大変なようだ。
「それにしても、今何時かな」
そう呟き、PDAを取り出そうとしたところで、隣から声がかかる。
「20時12分37秒」
声に振り向くと、蓮子が帽子の両端を持って下に引っ張り、目深に被り直していた。
「随分正確な時計だね」
帽子を深く被ったせいで視界が悪くなったのか、少し歩く速度が落ちる。
彼女に合わせて霖之助も速度を弛めた。
ふたりの距離が、少し近くなる。
「そう、正確なのよ。この空の月と星はね」
それきり彼女は黙ってしまった。
霖之助は何も言わず、ただ歩き続ける。
話したければ話せばいい。いくらでも待つから、と言わんばかりに。
……ややあって、意を決したように蓮子が口を開いた。
「星を見ただけで今の時間がわかるし、月を見ただけで今居る場所がわかる。
それが私の能力。私の目」
「……そうか」
メリー……紫と一緒にいるのだ。
ただの人間ではないとは思っていた。
時間と空間。
メイドや死神の姿を思い出した。
「……なるほどね」
大きく息を吐き出す霖之助。
蓮子の身体がぴくりと揺れた。
……まるで、何か言われるのを怖がっているように。
それにしても。
今日はよっぽど月に縁のある日だ、と霖之助は苦笑を漏らす。
「時計いらずで、便利じゃないか」
「私は嫌い。この能力。便利だから、つい使っちゃうけど」
メリーとも友達になれたしね、と付け加える。
「だけど私はいつもここにいる。
浪漫なんてちっともない、星空を見てもいつも……あるのは現実ばかり」
そう言って、蓮子は空に向けて手を伸ばした。
まるで、星を掴もうとするかのように。
「宇宙なら、この能力も変わるのかなって。もしくは、幻想の世界なら……」
――それともやっぱりここは月面ですって出るのかな。
蓮子はそんな事を呟いた。
月に行きたいと言っていたのはそんな理由なのだろうか。
霖之助が無言のままでいると、蓮子はため息を吐いた。
そして首を振る。
「だけど、今の私があるのはこの能力のおかげだし……。
……でも、気持ち悪いよね、こんな私」
言いたかったことを言い終えたのか、蓮子はそれきり黙ってしまった。
霖之助は言葉を選ぶようにして、そっと呟く。
「それなら僕も、気持ち悪いのかな」
「え?」
驚く蓮子に、少しだけ笑って見せた。
「僕にも、道具の名称と用途が見えるんだよ。
君の瞳と……似たようなものかもしれないね」
「……なんだ、便利そうじゃない。あれ、でも……?」
首を傾げる蓮子。
霖之助が機械をあまり操作できないことを不思議に思っているのだろう。
「そう、残念ながら使い方まではわからないんだ」
言葉とともに、PDAを取り出す。
用途が多様化しすぎていて、霖之助の能力をもってしても絞りきれない。
「なにそれ、変なの」
笑う彼女に、霖之助は肩を竦めて見せる。
「だが僕はこの能力を気に入ってるよ。
道具を愛するが故に身につけたものだと思ってるからね。もしかしたら、君も……」
それ以上は、あえて言わなかった。
だが、それで十分だったらしい。
「確かに、宇宙は好きだけどね」
少しだけ困ったように、彼女はため息。
そう簡単ではないのだろう。
だが。
「でも、ありがとう、霖之助君。なんだか話したらスッキリしたよ」
蓮子は霖之助を見上げ、微笑んだ。
もしかしたら、ずっと引っかかっていたのかもしれない。
「あ、ひとつ大発見」
霖之助の隣で、肩を寄せ合うようにして。
「たとえ星空でも、霖之助君の顔を見上げてたら幸せな気分になれるよ」
腕を組んで、蓮子は笑った。
言葉通りに、幸せそうな笑顔で。
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No title
もうフラグ完全似たってるな 結婚しちまえよ
ん、メリー?そういや居たなそんなの
ん、メリー?そういや居たなそんなの
No title
霖之助さんは素敵な大学生活を送ってますねぇ。蓮子はもうコレ完璧に彼女ですねw
あとちゆりへの対応がどう見ても魔理沙への対応w
ゆか・・・メリーに救いはないんですか;;
あとちゆりへの対応がどう見ても魔理沙への対応w
ゆか・・・メリーに救いはないんですか;;
No title
蓮子がかわいい一方で、哀れメリー=ゆかりちゃん…
でも、彼女たちの変わった目も霖之助なら受け入れてくれるでしょうね
でも、彼女たちの変わった目も霖之助なら受け入れてくれるでしょうね
No title
登場人物欄に笑ったw
名前はあるのにでないってことは、ずっと覗いてたりするのかな?
名前はあるのにでないってことは、ずっと覗いてたりするのかな?
No title
なにこの蓮子すごく可愛い
とっとと付き合っちまえよ
これ以上メリーが空気になると鮮血の結末になりそうで怖いのですが・・・
とっとと付き合っちまえよ
これ以上メリーが空気になると鮮血の結末になりそうで怖いのですが・・・
No title
どんどんいい感じになっていく2人。
それに引き換え・・・メリーェ・・・
それに引き換え・・・メリーェ・・・
No title
メリーさんテラ不憫wwww
まだ大して時間経ってないのにこの状態……一年後に幻想郷に戻ることになったらどうなるんだ?(汗
続きに期待~
まだ大して時間経ってないのにこの状態……一年後に幻想郷に戻ることになったらどうなるんだ?(汗
続きに期待~
No title
一年限りの関係と考えるとすごく切ないな・・・
むしろそれが分かってのメリーの気遣いのように見えてくる。
どっちにしろハッピーなのを強く信じます。
むしろそれが分かってのメリーの気遣いのように見えてくる。
どっちにしろハッピーなのを強く信じます。
No title
ついにメリーさんの名前に横線がw
やっぱりどうしても容姿が目立つ霖之助さんに、
気が気でない蓮子さんにニヤニヤ。
やっぱりどうしても容姿が目立つ霖之助さんに、
気が気でない蓮子さんにニヤニヤ。
No title
紫様ーどんどん居場所が削られていきますよー
No title
ちゆりに対して、大学での立場云々以前に魔理沙的な認識で接する霖之助さんマジイケメン。
そして回を重ねるごとに彼女力を増していく蓮子ちゃんによって、糖の嵐が吹き荒れる私の脳。これはもう、EDでは蓮霖によるネチョを期待せざるを得n(スキマ
そして回を重ねるごとに彼女力を増していく蓮子ちゃんによって、糖の嵐が吹き荒れる私の脳。これはもう、EDでは蓮霖によるネチョを期待せざるを得n(スキマ
No title
蓮子ちゃんの可愛さに心がヤバイ
別れの時を想像するのがつらい…
あとメリーェ…
別れの時を想像するのがつらい…
あとメリーェ…
No title
良い感じの距離ですなぁ・・・・・・
次の更新が楽しみですけど・・・・・・横線は酷いwwwww
次の更新が楽しみですけど・・・・・・横線は酷いwwwww
No title
もう蓮子と付き合っているようにしか見えないなw
メリーは・・・。
メリーは・・・。