ココアな関係
厄神様の通り道にきっと香霖堂が含まれている。
そう考えていた時代が僕にもありました。
今では通り道ではなく目的地だと考えてます。
霖之助 雛
妖怪の山の、入り口に近い場所。
夏も終わり、すっかり元気を取り戻した秋の神々に挨拶をし、さらに奥へと進んでいく。
山道にリアカーは正直きついが、道具のためなら仕方がない。
日差しは木々に遮られているものの、それでも歩いていると汗が噴き出してきた。
先月に比べてずいぶん涼しくなった風が心地いい。
程なくして、目的の家が見えてきた。
「いるかい?」
「いますよ」
声をかけると、ゆっくりと扉が開く。
手も使わないのにどういう仕掛けだろうか。
外の世界に自動ドアというものがあるらしいが、それとの関連性を霖之助は考えていた。
……本人に尋ねても、ただの神通力と返ってきそうでいまだに聞いたことはないが。
「やあ、久し振り」
「ついこの前も会ったと思うのだけど」
「神の感覚ならそうだろうけど、あいにくと僕は神ならざる身だからね」
「あら、まるで人間みたいな事を言うのね」
アイスココアをくるくるとかき混ぜながら、彼女……厄神の雛は微笑んだ。
先月お礼にと渡したものなのだが、どうやら気に入ってくれたらしい。
今日もまた持ってきた甲斐があるというものだ。
「それで、今日もいつものアレかしら」
「そう、いつものアレだよ」
言って、霖之助はリアカーから道具を取り出していく。
曰く付きの品というのは、意外と幻想郷に流れ着く量が多い。
おそらく恨みを晴らす相手を見失ったり、恐れられて封印され、そのまま忘れ去られたり……。
どのみち禄な末路を辿ることはない。
そんな道具を霖之助は拾い集め、こうやって雛に厄払いをしてもらっているのだ。
それにはいろいろ理由があるのだが……。
曰く付きになるような品には優れた道具が多い、というのが一番の理由だった。
「君が厄を祓ってしまえば、優れた商品がひとつ増える。
実に素晴らしいことだと思うよ」
「でも、またずいぶん集めたわね」
「それが僕の仕事だからね」
「物拾いが?」
「道具屋が、だよ」
そうだったかしら、と雛は笑いながら、くるくると指を回した。
すると霖之助が持ってきた道具から黒いもやのようなものが浮かび上がり、雛の周りに集まっていく。
彼女はそれをひとつにまとめると、ぐいっと押し込んだ。
あとに残ったのは、黒い宝石のような塊。
彼女はそれを、厄玉と呼んでいた。
曰く、厄の塊らしい。
「相変わらず見事だね」
「それが私の仕事ですもの」
雛はひとつ笑うと、その塊を宝石箱の中に入れた。
きっとあの中にはありとあらゆる厄が入っているのだろう。
「まるでパンドラの箱だな」
「あら? でもこれは幸せも呼んできてくれるのよ」
「……厄なのにかい?」
「そう。結構高値で売れるのよ。この厄。地獄の閻魔様とかにね」
……地獄でどういう風にその厄が使われているのか。
霖之助はあえて考えないようにした。
厄が再び人間の下に戻らないように監視するという彼女も、幽霊や妖怪相手にならその限りではないのだろう。
「しかし、そんな商売をしていたとはね」
「驚いたかしら?」
「集めた厄をどうするのか興味はあったから、むしろ疑問が解けて落ち着いた気分かな」
「そう? まあいいけど」
驚かれなかったのが少し残念そうな表情をしていた。
霖之助は肩を竦めると、腰に下げていた袋から彼女へ渡すお土産を取り出す。
「……ああ、もちろんそれとは関係なく僕の報酬は払うよ。
それが商売というものだからね」
「別にお賽銭程度でいいんだけど、くれる物はもらっておくわ」
神相手に生活必需品のような物はあまり喜ばれない。
となると、やはりメインになるのは嗜好品の類だった。
ココアやカップ、あとは彼女の好みそうなリボンなどだ。
一通りの取引を終えると、霖之助はいつも通り雛の対面に腰掛けた。
彼女が入れてくれたココアを飲む。
……あまり甘過ぎなく、いい塩梅だった。
「ところで」
「うん?」
「あなたが集める厄ってこれくらいの物なのかしら。
もっと変な道具とか拾ってそうよね」
「……いや」
霖之助は一瞬考え……首を振る。
その視線がやや逸れていたのは……自分では気付いていなかったかもしれない。
「そんなに変なのは拾わないよ。
僕も面倒事は避けたいからね」
「そう」
あえて雛は何も聞かず、ただそう言って頷いた。
……その時は。
古道具はほどよく寂れている必要がある。
それは商品に薄く積もった埃だったり、雑然とした店内だったり。
決して掃除をさぼっているわけではない。
例え月に一度とか、そんな頻度でも。
では、非売品を詰め込んだ倉庫はどうか。
「ふむ。このスポンジは実に使いやすかったな。
もっと落ちているといいのだが……。
そうだ、今日はこの道具を使ってみよう」
暗く、埃っぽいと思われがちな倉庫。
……そのイメージに反して、霖之助はマメに倉庫を掃除していた。
非売品、つまり霖之助のお気に入りの道具を入れた建物である。
むしろ手入れをしなければお気に入りにしておく意味がない。
「しかしやはり外の世界の布は質がいい。
これで磨けば今以上に輝くに違いない」
きめ細かな繊維は幻想郷にないものだ。
これならどんな埃もたちどころに落ちてしまうだろう。
霖之助は嬉しそうに、掃除のための道具を用意していた。
その様子を魔理沙あたりが見ていたら、おかしくなったのかと心配したかもしれない。
バケツに掃除道具をまとめて放り込み、準備完了。
早速外に出ようとしたところで……香霖堂のドアが先に開いた。
「あら、お出かけかしら?」
「…………」
開いたドアを、無言で閉める霖之助。
何故彼女がここにいるのか。
どうして今日なのか。
いつ場所を知ったのか。
……考えても答えは出ない。
とりあえず今日は休業ということで誤魔化そう。
そう結論を出し、やっとドアを開ける。
「厄いわー」
雛は扉の横ですっかり落ち込んでいた。
……いや、拗ねているのか。
膝を抱え込むようにして座り、地面にひたすらのの字を書き続けていく。
「嫌われるのには慣れてるけど、門前払いは久し振りね。うふふ」
「……すまない、突然のことで……」
「ああ、すごく厄いわ。
手持ちの厄玉、全部この辺にばらまいてしまおうかしら」
厄神様が物騒なことを言いだした。
慌てて霖之助は彼女の前に座り、視線を合わす。
「ところで厄神様、今日はどのようなご用件で?」
「あら。私の顔を見るなり締め出すような店主さん。
私に何か用かしら」
「用があるのは君だろう……。
……いや、本当にすまない」
誤魔化すどころではなくなってしまった。
霖之助は嫌な予感をなんとか振り払い、精一杯の表情を作る。
「買い物かい? それなら歓迎するよ。ゆっくりと見て……」
「掃除するところだったのね」
しかしそんな彼の言葉を聞かず、雛は霖之助がこっそり遠くに置いた掃除用具に目をつけた。
「……まあ、ちょっとね」
「どこをかしら?」
「…………」
つい、と視線を逸らす霖之助。
すすっと雛が側に寄ってきた。
見上げるような姿勢。
「私、すごく気になっているところがあるの」
「なんだい?」
嫌な予感が確信に変わる。
彼女は初めから知っていたかのように、ある一点を指さした。
「あの倉庫の中なんだけど」
親に0点のテストが見つかったときの子供。
外の世界の漫画で、そんなシチュエーションがあった。
「あらあらあら」
もしくは、隠していたHな本を母親に見られた中学生だろうか。
読んだ当初はあまり理解できなかったが、今ならはっきりとわかる。
「まあまあまあ」
……ものすごく気まずい。
「ねえ森近さん。ねえねえ」
「なんだい、雛」
「これは何かしら? ずいぶん厄が集まってるみたいだけど」
「……見ての通りだよ」
出来ることはただひとつ……そう、開き直ることくらいだった。
「どう見ても妖刀じゃないか。
そっちのそれは呪いの面、あれは……」
「どれもこれも。とても厄いわね」
「ああ、そうだね」
「この前聞いたわよね、私。
厄、集めてない? って」
「……うちには完璧なお守りがあるから大丈夫だよ」
言って、霊夢に書いてもらった御札を見る。
そこかしこに貼られていた。
「そんな上等な物には見えないけど」
……もちろん、そんな物は気休めにしか過ぎない。
本命は店にある草薙……霧雨の剣だ。
あれがある限り、ちょっとやそっとの厄で被害が及ぶことはない。
しかし一歩間違えば厄もろとも浄化してしまいかねない諸刃の剣であるとも言えた。
「まあいいわ。とりあえずこの厄、持って行くわね」
「ん? いやいや、ちょっと待ってくれ」
霖之助は慌てて雛を止める。
妖刀が妖刀たらしめている理由は、それが纏っている念、禍々しさ……つまりは厄だ。
それは他の道具でも同じである。
もしそれが無くなってしまったら、存在意義自体を見失ってしまうではないか。
「君が厄を祓ってしまえば、変わった商品がひとつ増えるだけじゃないか。
それは困る」
「なんか先日、正反対のことを聞いた気がするわー」
雛は大きくため息を吐いた。
しかし当然ではないかと霖之助は思う。
商品と非売品は違うのだから。
「とにかく、これらはこのままにしておいてもらいたい」
「これだけの厄、他に漏れていかない自信があるというの?」
「それは……」
もし草薙の剣に認められていたならば、自信を持って頷いただろう。
しかし正直なところ……確かにどうなるかはわからない。
「…………」
「まあ、これ以上いじめてもココアが飲めなくなりそうだし。
今日はこれくらいにしておきましょう」
「……え?」
黙ってしまった霖之助に、しかし雛は笑顔でそう続けた。
「親切なんだけ、押し売りはダメよね。
前山に入ってきた巫女を追い返そうとしたときもそう言われたわ」
「……霊夢のことかい?」
「そう、あの巫女」
巫女の癖に神を敬わないなんてねー、と愚痴る雛に、霖之助は苦笑を漏らした。
確かに雛の行動は親切なのだ。そして心配してくれているのもよくわかる。
ただ周りに――霖之助も含め――あまり話を聞かない人物が多いだけで。
「でも、本当に危なくなったら厄を引き取りに来るからね。
それと、あまりのめり込んじゃダメよ。
お守りがあっても、どうしようもないくらい厄をため込んじゃうわ」
「ああ、もしそうなったら……」
そうなったら。
霖之助は考える間もなく、手頃な方法を思いついた。
目の前にいるではないか、うってつけの神が。
「君に住んでもらうとしようかな」
「あら、あなたと一緒に?」
冗談というのはお互いわかっていた。
だが、彼女はふと考える。
もしそうなったら、と楽しそうに笑いながら。
「ココアを切らさないでよね」
そう考えていた時代が僕にもありました。
今では通り道ではなく目的地だと考えてます。
霖之助 雛
妖怪の山の、入り口に近い場所。
夏も終わり、すっかり元気を取り戻した秋の神々に挨拶をし、さらに奥へと進んでいく。
山道にリアカーは正直きついが、道具のためなら仕方がない。
日差しは木々に遮られているものの、それでも歩いていると汗が噴き出してきた。
先月に比べてずいぶん涼しくなった風が心地いい。
程なくして、目的の家が見えてきた。
「いるかい?」
「いますよ」
声をかけると、ゆっくりと扉が開く。
手も使わないのにどういう仕掛けだろうか。
外の世界に自動ドアというものがあるらしいが、それとの関連性を霖之助は考えていた。
……本人に尋ねても、ただの神通力と返ってきそうでいまだに聞いたことはないが。
「やあ、久し振り」
「ついこの前も会ったと思うのだけど」
「神の感覚ならそうだろうけど、あいにくと僕は神ならざる身だからね」
「あら、まるで人間みたいな事を言うのね」
アイスココアをくるくるとかき混ぜながら、彼女……厄神の雛は微笑んだ。
先月お礼にと渡したものなのだが、どうやら気に入ってくれたらしい。
今日もまた持ってきた甲斐があるというものだ。
「それで、今日もいつものアレかしら」
「そう、いつものアレだよ」
言って、霖之助はリアカーから道具を取り出していく。
曰く付きの品というのは、意外と幻想郷に流れ着く量が多い。
おそらく恨みを晴らす相手を見失ったり、恐れられて封印され、そのまま忘れ去られたり……。
どのみち禄な末路を辿ることはない。
そんな道具を霖之助は拾い集め、こうやって雛に厄払いをしてもらっているのだ。
それにはいろいろ理由があるのだが……。
曰く付きになるような品には優れた道具が多い、というのが一番の理由だった。
「君が厄を祓ってしまえば、優れた商品がひとつ増える。
実に素晴らしいことだと思うよ」
「でも、またずいぶん集めたわね」
「それが僕の仕事だからね」
「物拾いが?」
「道具屋が、だよ」
そうだったかしら、と雛は笑いながら、くるくると指を回した。
すると霖之助が持ってきた道具から黒いもやのようなものが浮かび上がり、雛の周りに集まっていく。
彼女はそれをひとつにまとめると、ぐいっと押し込んだ。
あとに残ったのは、黒い宝石のような塊。
彼女はそれを、厄玉と呼んでいた。
曰く、厄の塊らしい。
「相変わらず見事だね」
「それが私の仕事ですもの」
雛はひとつ笑うと、その塊を宝石箱の中に入れた。
きっとあの中にはありとあらゆる厄が入っているのだろう。
「まるでパンドラの箱だな」
「あら? でもこれは幸せも呼んできてくれるのよ」
「……厄なのにかい?」
「そう。結構高値で売れるのよ。この厄。地獄の閻魔様とかにね」
……地獄でどういう風にその厄が使われているのか。
霖之助はあえて考えないようにした。
厄が再び人間の下に戻らないように監視するという彼女も、幽霊や妖怪相手にならその限りではないのだろう。
「しかし、そんな商売をしていたとはね」
「驚いたかしら?」
「集めた厄をどうするのか興味はあったから、むしろ疑問が解けて落ち着いた気分かな」
「そう? まあいいけど」
驚かれなかったのが少し残念そうな表情をしていた。
霖之助は肩を竦めると、腰に下げていた袋から彼女へ渡すお土産を取り出す。
「……ああ、もちろんそれとは関係なく僕の報酬は払うよ。
それが商売というものだからね」
「別にお賽銭程度でいいんだけど、くれる物はもらっておくわ」
神相手に生活必需品のような物はあまり喜ばれない。
となると、やはりメインになるのは嗜好品の類だった。
ココアやカップ、あとは彼女の好みそうなリボンなどだ。
一通りの取引を終えると、霖之助はいつも通り雛の対面に腰掛けた。
彼女が入れてくれたココアを飲む。
……あまり甘過ぎなく、いい塩梅だった。
「ところで」
「うん?」
「あなたが集める厄ってこれくらいの物なのかしら。
もっと変な道具とか拾ってそうよね」
「……いや」
霖之助は一瞬考え……首を振る。
その視線がやや逸れていたのは……自分では気付いていなかったかもしれない。
「そんなに変なのは拾わないよ。
僕も面倒事は避けたいからね」
「そう」
あえて雛は何も聞かず、ただそう言って頷いた。
……その時は。
古道具はほどよく寂れている必要がある。
それは商品に薄く積もった埃だったり、雑然とした店内だったり。
決して掃除をさぼっているわけではない。
例え月に一度とか、そんな頻度でも。
では、非売品を詰め込んだ倉庫はどうか。
「ふむ。このスポンジは実に使いやすかったな。
もっと落ちているといいのだが……。
そうだ、今日はこの道具を使ってみよう」
暗く、埃っぽいと思われがちな倉庫。
……そのイメージに反して、霖之助はマメに倉庫を掃除していた。
非売品、つまり霖之助のお気に入りの道具を入れた建物である。
むしろ手入れをしなければお気に入りにしておく意味がない。
「しかしやはり外の世界の布は質がいい。
これで磨けば今以上に輝くに違いない」
きめ細かな繊維は幻想郷にないものだ。
これならどんな埃もたちどころに落ちてしまうだろう。
霖之助は嬉しそうに、掃除のための道具を用意していた。
その様子を魔理沙あたりが見ていたら、おかしくなったのかと心配したかもしれない。
バケツに掃除道具をまとめて放り込み、準備完了。
早速外に出ようとしたところで……香霖堂のドアが先に開いた。
「あら、お出かけかしら?」
「…………」
開いたドアを、無言で閉める霖之助。
何故彼女がここにいるのか。
どうして今日なのか。
いつ場所を知ったのか。
……考えても答えは出ない。
とりあえず今日は休業ということで誤魔化そう。
そう結論を出し、やっとドアを開ける。
「厄いわー」
雛は扉の横ですっかり落ち込んでいた。
……いや、拗ねているのか。
膝を抱え込むようにして座り、地面にひたすらのの字を書き続けていく。
「嫌われるのには慣れてるけど、門前払いは久し振りね。うふふ」
「……すまない、突然のことで……」
「ああ、すごく厄いわ。
手持ちの厄玉、全部この辺にばらまいてしまおうかしら」
厄神様が物騒なことを言いだした。
慌てて霖之助は彼女の前に座り、視線を合わす。
「ところで厄神様、今日はどのようなご用件で?」
「あら。私の顔を見るなり締め出すような店主さん。
私に何か用かしら」
「用があるのは君だろう……。
……いや、本当にすまない」
誤魔化すどころではなくなってしまった。
霖之助は嫌な予感をなんとか振り払い、精一杯の表情を作る。
「買い物かい? それなら歓迎するよ。ゆっくりと見て……」
「掃除するところだったのね」
しかしそんな彼の言葉を聞かず、雛は霖之助がこっそり遠くに置いた掃除用具に目をつけた。
「……まあ、ちょっとね」
「どこをかしら?」
「…………」
つい、と視線を逸らす霖之助。
すすっと雛が側に寄ってきた。
見上げるような姿勢。
「私、すごく気になっているところがあるの」
「なんだい?」
嫌な予感が確信に変わる。
彼女は初めから知っていたかのように、ある一点を指さした。
「あの倉庫の中なんだけど」
親に0点のテストが見つかったときの子供。
外の世界の漫画で、そんなシチュエーションがあった。
「あらあらあら」
もしくは、隠していたHな本を母親に見られた中学生だろうか。
読んだ当初はあまり理解できなかったが、今ならはっきりとわかる。
「まあまあまあ」
……ものすごく気まずい。
「ねえ森近さん。ねえねえ」
「なんだい、雛」
「これは何かしら? ずいぶん厄が集まってるみたいだけど」
「……見ての通りだよ」
出来ることはただひとつ……そう、開き直ることくらいだった。
「どう見ても妖刀じゃないか。
そっちのそれは呪いの面、あれは……」
「どれもこれも。とても厄いわね」
「ああ、そうだね」
「この前聞いたわよね、私。
厄、集めてない? って」
「……うちには完璧なお守りがあるから大丈夫だよ」
言って、霊夢に書いてもらった御札を見る。
そこかしこに貼られていた。
「そんな上等な物には見えないけど」
……もちろん、そんな物は気休めにしか過ぎない。
本命は店にある草薙……霧雨の剣だ。
あれがある限り、ちょっとやそっとの厄で被害が及ぶことはない。
しかし一歩間違えば厄もろとも浄化してしまいかねない諸刃の剣であるとも言えた。
「まあいいわ。とりあえずこの厄、持って行くわね」
「ん? いやいや、ちょっと待ってくれ」
霖之助は慌てて雛を止める。
妖刀が妖刀たらしめている理由は、それが纏っている念、禍々しさ……つまりは厄だ。
それは他の道具でも同じである。
もしそれが無くなってしまったら、存在意義自体を見失ってしまうではないか。
「君が厄を祓ってしまえば、変わった商品がひとつ増えるだけじゃないか。
それは困る」
「なんか先日、正反対のことを聞いた気がするわー」
雛は大きくため息を吐いた。
しかし当然ではないかと霖之助は思う。
商品と非売品は違うのだから。
「とにかく、これらはこのままにしておいてもらいたい」
「これだけの厄、他に漏れていかない自信があるというの?」
「それは……」
もし草薙の剣に認められていたならば、自信を持って頷いただろう。
しかし正直なところ……確かにどうなるかはわからない。
「…………」
「まあ、これ以上いじめてもココアが飲めなくなりそうだし。
今日はこれくらいにしておきましょう」
「……え?」
黙ってしまった霖之助に、しかし雛は笑顔でそう続けた。
「親切なんだけ、押し売りはダメよね。
前山に入ってきた巫女を追い返そうとしたときもそう言われたわ」
「……霊夢のことかい?」
「そう、あの巫女」
巫女の癖に神を敬わないなんてねー、と愚痴る雛に、霖之助は苦笑を漏らした。
確かに雛の行動は親切なのだ。そして心配してくれているのもよくわかる。
ただ周りに――霖之助も含め――あまり話を聞かない人物が多いだけで。
「でも、本当に危なくなったら厄を引き取りに来るからね。
それと、あまりのめり込んじゃダメよ。
お守りがあっても、どうしようもないくらい厄をため込んじゃうわ」
「ああ、もしそうなったら……」
そうなったら。
霖之助は考える間もなく、手頃な方法を思いついた。
目の前にいるではないか、うってつけの神が。
「君に住んでもらうとしようかな」
「あら、あなたと一緒に?」
冗談というのはお互いわかっていた。
だが、彼女はふと考える。
もしそうなったら、と楽しそうに笑いながら。
「ココアを切らさないでよね」
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甘いだけではなくほんのり苦味を感じるような味ですね。
そう、ココアみたいに。
霖之助さん、予想を裏切らない道具屋だぜ!呪われていようと非売品にする辺り特に。
そう、ココアみたいに。
霖之助さん、予想を裏切らない道具屋だぜ!呪われていようと非売品にする辺り特に。