お約束LOVE
土曜日なので。
衣玖さんは空気の読める女性。
そしてサービス精神もたっぷりだと思います。
霖之助 衣玖
「それでですね、総領娘様もひどいんですけどみんなもひどいんですよ。
この前ちょっと関わる出来事があったからってみんなして私を保護者扱いして。
いつの間に私の業務に総領娘様のお守りが加わったんですか、もう。
なんですか、私の子供ですか。私まだ独身ですよ?」
「天界もなかなか大変だな」
「そうなんです、大変なんです。
歌って踊って釣りをして泳ぐだけで毎日の予定がいっぱいなのに、予定外のことをされちゃ困ります。
それに私には毎日、なにもしないという重要な用事があるんですよ。
なのに総領娘様はいつまで経っても落ち着きがないし。
身に覚えのないことで怒られるのはとても心外なんです。
わかりますか香霖堂さん?」
「そうだね、僕の妹分たちは……」
いい子たちだから大丈夫、と言いかけて思い出した。
つい先日のことだ。
紅魔館地下にある図書館まで本を借りに言ったのに、魔理沙が他の本を盗んでいったから今日はダメだと七曜の魔法使いに言われたことがある。
あれはとんだとばっちりだった。
「……よくわかるよ」
「そうですか、わかりますか。
あ、どうぞどうぞ」
空になった霖之助のお猪口に、彼女は徳利を傾ける。
天女だという彼女の口から語られる展開の物語は、なかなか興味深いものがあった。
中でも面白いのはたびたび登場する総領娘様という存在だ。
話しに聞いている分には、なかなか破天荒で愉快だ。
……客として来るのはともかく。
「さて、おかげで楽しい時間を過ごせたよ。
ずいぶん呑んでたが、大丈夫かい?」
「あら? 私を酔わせてどうするおつもりですか?」
霖之助にもたれかかり、妖艶に笑う彼女。
しかし霖之助は苦笑すると、水差しから彼女のコップに冷たい水を注ぐ。
「そうだな、質問することにしよう。
それで、君は誰だい?」
「……このタイミングでそれを聞きますか」
言葉とは裏腹に、彼女は楽しそうな笑顔を浮かべた。
予想していたのだろう。
「でも普通、会ったときに聞きません?」
「ひとりで酒を呑もうとしているときに美女がお酌をしてくれると言うんだ。
断るのも探るのも風流ではないと思ってね」
「あら、ちゃんと空気を読んでるんですね」
いいことです、と彼女は頷く。
霖之助にもたれかかっていた身体を起こし、向き直る。
少しだけ彼が残念そうな表情を浮かべていたように見えたのは……気のせいだろうか。
「衣玖ですよ」
「うん?」
「私の名前。衣玖です、香霖堂さん」
そうか、と頷く。
霖之助は自己紹介した覚えもないのだが、きっと看板を見たのだろう。
「それでその衣玖さんは、どうしてわざわざ天界からこんなところに?」
「そうですね。悪い道具屋に羽衣を盗まれに……」
「帰り道、悪い魔法使いや巫女に襲われないようにするといいよ。
出口はあっちだ」
「あらん。冗談ですよ」
口元を羽衣で隠し、目で笑う衣玖。
同じようなポーズなのにどこかの賢者や亡霊と違って胡散臭くないのは何故なのだろう。
「総領娘様のお守りに疲れたので、少し散歩をと」
「そうか。
……というと、さっきの話の?」
「そうですよ」
衣玖は軽く頷く。
しかしひとつの疑問が解決すると、次の疑問が浮かんできた。
「それで、どうしてここなんだい」
「あら、殿方のお部屋に押しかける女性。
お約束でしょう?」
「どこの世界のお約束だい、それは」
苦笑する霖之助。
本気で言ってるわけでないのは雰囲気でわかる。
衣玖は霖之助の知っている大人の女性の中で、かなり話しやすい部類だった。
一言で言うとわかりやすいのだ。
きっとわざとそういう空気にしてくれているのだろうが……。
「総領娘様の相手が出来そうな巫女や魔法使いが近くにいますからね。
このあたりが中間地点なので、もし追いかけてきてもどちらにでも行けるようにと」
「なるほどね。確かにうちは幻想郷の中心と言っても過言ではないが」
おっとりとした見た目とは裏腹に合理的な判断。
霖之助は彼女の評価を修正することにした。
「でも、いまだに来ないところを見ると途中で捕まってるか、ひとり寂しくて泣いているところでしょうか。
というわけで、私はそろそろ帰るとしましょう」
「あやしに行くのかい?
……まるで子供だな」
「ええ、子供なんですよ」
そう言って、衣玖は真っ直ぐに霖之助を見つめる。
この視線は……同類を見る目。
だからこそ、続いた言葉に素直に頷く。
「だから、可愛いんでしょう?」
「ああ、そうだね」
霖之助はふよふよと浮かぶ衣玖を見送りながら、火照ってしまった身体を夜風で冷やしていた。
「別にもうひとりで学べるとは思うんですよ。
わかってるんです。
けどつい面倒見ちゃうのは何ででしょうねぇ」
「ああ……何でなんだろうなあ……」
上の者や恩師の娘だったり、昔なじみだったり借りがあったり……理由はいくつも考えつく。
しかしまあ、やはり一言で言うなら。
「保護者だから、なんだろうなあ」
「ですかねえ」
言って、ふたりで笑い合う。
あれからすっかり衣玖は香霖堂に入り浸っていた。
保護者同士気があったというのもある。
苦労話は尽きないし、霖之助は天界に、衣玖は古道具屋に興味があったようだ。
なんでも羽衣伝説は天界にも伝わっているらしく、一応警戒していたらしい。
どういう風に伝わっているかまでは、聞いていなかったが。
「あ、遅れましたけどこれ、お土産です。
天界の桃ですけど、美味しいですよ?」
「ふむ。じゃあお茶を入れてこよう」
「実はお酒にも合うんですけどね、その桃」
「……これがかい? 想像できないな」
霖之助は首を傾げながら、残っていた日本酒を用意する。
固定観念に縛られては新しい発見など出来ない。
しかし、ひとつ確認しておかなければならないことがあった。
「まさか天界の酒じゃないと合わない、なんてことはないだろうね?」
「さあ、どうなんでしょう?」
今度は衣玖が首を傾げる。
まあ、試したことがないのなら知らなくても仕方がない。
ふと、衣玖は思い出したように呟いた。
「あれも持ってくればよかったですね」
「あれとは?」
「大陸の仙人たちに伝わる宝貝で、水を酒に変えるという桃をですね」
「……便利な道具だな。是非見てみたい」
「酒に関する道具は多いんですよ。
前天界に来た鬼も、酒の湧き出る瓢箪を持ってましたし」
「ああ……」
それは見たことがある。
天上天下。どこの世界も、酒にかける情熱は尽きないらしい。
「こういう場合、美味しくても不味くてもお約束ですから難しいですね」
「お約束ね……」
空気を読んだ集大成。
それがお約束だと彼女は言った。
……正直霖之助にはよくわからなかったが、わからなくてもなんら問題ないのでそのままにしてある。
「……悪くないな」
「でも、やはり天界の酒と比べると。これはこれで、悪くないんですけど」
「ふむ。酒に一番合うのは同じ土地の水を使った料理だ、という話もあるからね。
これはこれでいいんじゃないかな」
「そうですね。でもやっぱり、あの味を味わってもらいたかったですよ」
そういうと、衣玖はぽんと手を叩いた。
まるで名案を思いついたかのように。
「今度天界に来られたらどうですか?
歓迎しますよ」
「僕の身であの山を登っていくのは大変なんでね」
「そうですか……でも機会があればいいってことですよね」
「ああ、あればね」
ひとしきり話し、呑み、時間は過ぎていく。
「そろそろお開きにしようか」
「そうですね」
片付け手伝いますよ、と立ち上がった衣玖は突然バランスを崩した。
足下にあった瓶に躓いたらしい。
「きゃっ」
「おっと」
慌てて霖之助は彼女を抱き留める。
羽根のように軽やかな重さと、柔らかさ。
「……大丈夫かい?」
「はい、みっともないところを見せてしまいまして……」
至近距離で見つめ合う。
危うくもう少しで口付けをしてしまうほどの距離だった。
……しかし安心したのも束の間。
「なっ……」
衣玖は霖之助の唇に、自らの唇を押し当てた。
ひとしきり感触を堪能したかと思うと、ゆっくりと離す。
絶句する霖之助に、彼女は笑顔でこう言った。
「お約束、ですから」
衣玖さんは空気の読める女性。
そしてサービス精神もたっぷりだと思います。
霖之助 衣玖
「それでですね、総領娘様もひどいんですけどみんなもひどいんですよ。
この前ちょっと関わる出来事があったからってみんなして私を保護者扱いして。
いつの間に私の業務に総領娘様のお守りが加わったんですか、もう。
なんですか、私の子供ですか。私まだ独身ですよ?」
「天界もなかなか大変だな」
「そうなんです、大変なんです。
歌って踊って釣りをして泳ぐだけで毎日の予定がいっぱいなのに、予定外のことをされちゃ困ります。
それに私には毎日、なにもしないという重要な用事があるんですよ。
なのに総領娘様はいつまで経っても落ち着きがないし。
身に覚えのないことで怒られるのはとても心外なんです。
わかりますか香霖堂さん?」
「そうだね、僕の妹分たちは……」
いい子たちだから大丈夫、と言いかけて思い出した。
つい先日のことだ。
紅魔館地下にある図書館まで本を借りに言ったのに、魔理沙が他の本を盗んでいったから今日はダメだと七曜の魔法使いに言われたことがある。
あれはとんだとばっちりだった。
「……よくわかるよ」
「そうですか、わかりますか。
あ、どうぞどうぞ」
空になった霖之助のお猪口に、彼女は徳利を傾ける。
天女だという彼女の口から語られる展開の物語は、なかなか興味深いものがあった。
中でも面白いのはたびたび登場する総領娘様という存在だ。
話しに聞いている分には、なかなか破天荒で愉快だ。
……客として来るのはともかく。
「さて、おかげで楽しい時間を過ごせたよ。
ずいぶん呑んでたが、大丈夫かい?」
「あら? 私を酔わせてどうするおつもりですか?」
霖之助にもたれかかり、妖艶に笑う彼女。
しかし霖之助は苦笑すると、水差しから彼女のコップに冷たい水を注ぐ。
「そうだな、質問することにしよう。
それで、君は誰だい?」
「……このタイミングでそれを聞きますか」
言葉とは裏腹に、彼女は楽しそうな笑顔を浮かべた。
予想していたのだろう。
「でも普通、会ったときに聞きません?」
「ひとりで酒を呑もうとしているときに美女がお酌をしてくれると言うんだ。
断るのも探るのも風流ではないと思ってね」
「あら、ちゃんと空気を読んでるんですね」
いいことです、と彼女は頷く。
霖之助にもたれかかっていた身体を起こし、向き直る。
少しだけ彼が残念そうな表情を浮かべていたように見えたのは……気のせいだろうか。
「衣玖ですよ」
「うん?」
「私の名前。衣玖です、香霖堂さん」
そうか、と頷く。
霖之助は自己紹介した覚えもないのだが、きっと看板を見たのだろう。
「それでその衣玖さんは、どうしてわざわざ天界からこんなところに?」
「そうですね。悪い道具屋に羽衣を盗まれに……」
「帰り道、悪い魔法使いや巫女に襲われないようにするといいよ。
出口はあっちだ」
「あらん。冗談ですよ」
口元を羽衣で隠し、目で笑う衣玖。
同じようなポーズなのにどこかの賢者や亡霊と違って胡散臭くないのは何故なのだろう。
「総領娘様のお守りに疲れたので、少し散歩をと」
「そうか。
……というと、さっきの話の?」
「そうですよ」
衣玖は軽く頷く。
しかしひとつの疑問が解決すると、次の疑問が浮かんできた。
「それで、どうしてここなんだい」
「あら、殿方のお部屋に押しかける女性。
お約束でしょう?」
「どこの世界のお約束だい、それは」
苦笑する霖之助。
本気で言ってるわけでないのは雰囲気でわかる。
衣玖は霖之助の知っている大人の女性の中で、かなり話しやすい部類だった。
一言で言うとわかりやすいのだ。
きっとわざとそういう空気にしてくれているのだろうが……。
「総領娘様の相手が出来そうな巫女や魔法使いが近くにいますからね。
このあたりが中間地点なので、もし追いかけてきてもどちらにでも行けるようにと」
「なるほどね。確かにうちは幻想郷の中心と言っても過言ではないが」
おっとりとした見た目とは裏腹に合理的な判断。
霖之助は彼女の評価を修正することにした。
「でも、いまだに来ないところを見ると途中で捕まってるか、ひとり寂しくて泣いているところでしょうか。
というわけで、私はそろそろ帰るとしましょう」
「あやしに行くのかい?
……まるで子供だな」
「ええ、子供なんですよ」
そう言って、衣玖は真っ直ぐに霖之助を見つめる。
この視線は……同類を見る目。
だからこそ、続いた言葉に素直に頷く。
「だから、可愛いんでしょう?」
「ああ、そうだね」
霖之助はふよふよと浮かぶ衣玖を見送りながら、火照ってしまった身体を夜風で冷やしていた。
「別にもうひとりで学べるとは思うんですよ。
わかってるんです。
けどつい面倒見ちゃうのは何ででしょうねぇ」
「ああ……何でなんだろうなあ……」
上の者や恩師の娘だったり、昔なじみだったり借りがあったり……理由はいくつも考えつく。
しかしまあ、やはり一言で言うなら。
「保護者だから、なんだろうなあ」
「ですかねえ」
言って、ふたりで笑い合う。
あれからすっかり衣玖は香霖堂に入り浸っていた。
保護者同士気があったというのもある。
苦労話は尽きないし、霖之助は天界に、衣玖は古道具屋に興味があったようだ。
なんでも羽衣伝説は天界にも伝わっているらしく、一応警戒していたらしい。
どういう風に伝わっているかまでは、聞いていなかったが。
「あ、遅れましたけどこれ、お土産です。
天界の桃ですけど、美味しいですよ?」
「ふむ。じゃあお茶を入れてこよう」
「実はお酒にも合うんですけどね、その桃」
「……これがかい? 想像できないな」
霖之助は首を傾げながら、残っていた日本酒を用意する。
固定観念に縛られては新しい発見など出来ない。
しかし、ひとつ確認しておかなければならないことがあった。
「まさか天界の酒じゃないと合わない、なんてことはないだろうね?」
「さあ、どうなんでしょう?」
今度は衣玖が首を傾げる。
まあ、試したことがないのなら知らなくても仕方がない。
ふと、衣玖は思い出したように呟いた。
「あれも持ってくればよかったですね」
「あれとは?」
「大陸の仙人たちに伝わる宝貝で、水を酒に変えるという桃をですね」
「……便利な道具だな。是非見てみたい」
「酒に関する道具は多いんですよ。
前天界に来た鬼も、酒の湧き出る瓢箪を持ってましたし」
「ああ……」
それは見たことがある。
天上天下。どこの世界も、酒にかける情熱は尽きないらしい。
「こういう場合、美味しくても不味くてもお約束ですから難しいですね」
「お約束ね……」
空気を読んだ集大成。
それがお約束だと彼女は言った。
……正直霖之助にはよくわからなかったが、わからなくてもなんら問題ないのでそのままにしてある。
「……悪くないな」
「でも、やはり天界の酒と比べると。これはこれで、悪くないんですけど」
「ふむ。酒に一番合うのは同じ土地の水を使った料理だ、という話もあるからね。
これはこれでいいんじゃないかな」
「そうですね。でもやっぱり、あの味を味わってもらいたかったですよ」
そういうと、衣玖はぽんと手を叩いた。
まるで名案を思いついたかのように。
「今度天界に来られたらどうですか?
歓迎しますよ」
「僕の身であの山を登っていくのは大変なんでね」
「そうですか……でも機会があればいいってことですよね」
「ああ、あればね」
ひとしきり話し、呑み、時間は過ぎていく。
「そろそろお開きにしようか」
「そうですね」
片付け手伝いますよ、と立ち上がった衣玖は突然バランスを崩した。
足下にあった瓶に躓いたらしい。
「きゃっ」
「おっと」
慌てて霖之助は彼女を抱き留める。
羽根のように軽やかな重さと、柔らかさ。
「……大丈夫かい?」
「はい、みっともないところを見せてしまいまして……」
至近距離で見つめ合う。
危うくもう少しで口付けをしてしまうほどの距離だった。
……しかし安心したのも束の間。
「なっ……」
衣玖は霖之助の唇に、自らの唇を押し当てた。
ひとしきり感触を堪能したかと思うと、ゆっくりと離す。
絶句する霖之助に、彼女は笑顔でこう言った。
「お約束、ですから」
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No title
こんな神サイトがあったなんて・・
SS全部読ませていただきましたが、どれもすごく面白かったです!
応援してます!
SS全部読ませていただきましたが、どれもすごく面白かったです!
応援してます!
No title
天子のssではいい脇役だった衣玖さんが遂に本気を出したのですね!
衣玖さんのしっとりとした色気が感じられるようで、いいお話でした。
・・・ところで空気の読める道草さんはもちろんこの後のネチョな展開も・・・
イエナンデモゴザイマセン
衣玖さんのしっとりとした色気が感じられるようで、いいお話でした。
・・・ところで空気の読める道草さんはもちろんこの後のネチョな展開も・・・
イエナンデモゴザイマセン
封神演義の仙桃酒ですね
分かります(^-^)/
分かります(^-^)/